第19話:可愛いは、恋の革命
その日、公爵邸の馬車がひっそりと魔王城へと乗りつけた。
降りてきたのは、小柄な少女。公爵家の次女、リシェル・グランシュタイン。
城内の誰もが知る“メイド長”エリーナの妹――だが、そのことを知る者は少ない。
彼女は姉の留守中、代わりに情報収集をするよう命じられていた。
廊下を音もなく歩きながら、リシェルは静かに目を細める。
(……変わったような、でも根は変わっていないような……。姉様が言っていた通り、表面だけではわからない)
城の雰囲気を確かめるため、彼女は一人、静かに歩を進めていた。
◆ ◆ ◆
そのとき――フェリシア・アルンハイムは、偶然にも書類の受け取りのため同じ廊下に出ていた。
「ふんふんふん……今日は完璧に振る舞えてる……! 魔王様も、少しは意識してくださっているはず……!」
手に持つ書類を小さく抱きしめながら、廊下を曲がったその瞬間――
目の前に、白いドレスをまとった少女が現れた。
……一瞬、時が止まった。
フェリシアの脳内に、乙女の鐘が鳴り響く。
> 「え? なに、あの子……! 可愛い!!」
白磁のような肌、淡い金髪、あどけなさを残しつつも気品を感じさせる姿。
ふわりと揺れるスカート、まるでお伽話から抜け出してきたような透明感。
> (天使!? いや、妖精!? いえ、これはもう……お人形さん!?)
> (どうして!? こんなに可愛い子が魔王城に!? 私知らなかったんですけど!?)
口には出さずとも、瞳は限界まで見開かれていた。
リシェルが軽く会釈して通り過ぎていくと、フェリシアはその背中を固まったまま見送った。
> (待って、名前……名前だけでも知りたい……!)
誰に聞こう。どこに所属しているのか。気を抜くと全力で追いかけてしまいそうな自分を、なんとか抑え込む。
◆ ◆ ◆
(ふぅ……危なかった……つい声をかけそうに……! だめだめ、落ち着いて! 今の私は仮任命中の身、軽率な行動はダメ!)
フェリシアは書類を受け取るはずの部屋を一度スルーし、柱の陰に隠れて呼吸を整える。
その視線の先には、ちょうどミリィと談笑している小柄な金髪の少女――。
(楽しそう……なんか親しげ……えっ? 知り合いなの? え、まさか……すでに親友……!?)
(だめだって、私まだ“話しかける前”なのに、スタートラインすら踏んでないのに!?)
額に汗を浮かべながら、柱の影から必死に耳をそばだてていたが、どうにも聞き取れない。
数分後、ようやく話を終えたミリィにそっと近づく。
「ねぇミリィ、その……今朝、城に来た小柄な金髪の子って誰? お人形さんみたいな子……」
ミリィは一瞬、きょとんとしたあとにため息をついた。
「……ああ、公爵家のリシェル様です。エリーナ様の妹君ですよ」
> (なん……だと……!?)
衝撃にフェリシアの脳内で警報が鳴る。
(ま、待って! あの子が“あのエリーナ様”の妹!? ってことは……将来のライバル!? くっ……エリーナ様……なんて羨ましい……じゃなくて恐ろし……さすが公爵家、あんな隠し玉が居るとは……私もあんな可愛い妹が欲しい!)
(いやいや、あの見た目で恋愛無関心タイプかも……それなら友達枠いける!?)
(でも魔王様が「妹さん可愛いですね」って言ったらどうするの!?)
脳内暴走列車が高速回転を始める。
(と、とにかく私は彼女と仲良くならなきゃ! 友達になって信頼を得て、いつかお揃いのドレスを着て城下町を……!!)
◆ ◆ ◆
一方その頃、リシェルは静かにメイド口から退城しようとしていた。
ミリィが見送りに出る。
「ご無事で。姉君にも、お変わりないよう伝えておきます」
「ありがとう、ミリィさん……」
リシェルは一度だけ振り返り、魔王城の高い塔を見上げた。
「……お姉さま、早く戻らないと……ちょっと変な人が増えてきてるかもしれません」
その言葉に、ミリィが何も言えず苦笑する。
(ええ、本当に……)
◆ ◆ ◆
夜、フェリシアの部屋。
机の前に座った彼女は、鏡を見つめていた。
「ふふ……ふふふ……!」
> 「私は恋も、友情も掴んでみせる……!」
> (乙女力、全開でいきますっ!)
誰に誓うでもなく、両手をグッと握りしめる。
> (公爵家の妹だろうと、天使だろうと――推せる! 推せば尊い! でも負けない!)
乙女の野望がまた一歩、加速した――。