表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/48

第17話:恋と焔と側仕え

 アルンハイム侯爵家の書斎は、薄暗いランプの灯に包まれていた。分厚い本棚に囲まれたその空間に、フェリシア・アルンハイムは正装のまま立っていた。


「魔王様の側仕えになれ」


 父の口から放たれた言葉に、彼女は一拍置いて、きっぱりと答えた。


「嫌です!」


 その即答に、侯爵は片眉をわずかに上げただけだった。無言のまま、机に置かれた銀のティーポットに手を伸ばす。そして、淡々とした口調で続けた。


「……理由は?」


「前に一度、あの方を拝見したことがあるんです」


 フェリシアは腕を組み、ため息混じりに答えた。


「玉座で、死んだ魚みたいな目で宙を見ていて……挨拶しても無反応で……」


 彼女は一歩踏み出し、声を潜める。


「これから滅びる国の王にしか見えませんでした! 恋愛ルートのスタート地点に立ってないんです!」


 侯爵は静かにランプを見つめたまま、右手を軽く掲げた。その掌に、ぽっ、と小さな火球が灯る。


「ならば仕方あるまい。お前が行かぬというのなら――お前の部屋ごと焚書に処す。すべての書物、床下の隠し箱の“あれ”も含めてな」


「そ、そんな……っ!」


 フェリシアは青ざめた顔で床に崩れ落ちた。肩が小刻みに震えている。


「そ、それは……! 本棚の裏の『夜会の禁断の令嬢』も……?」


 侯爵はため息をつく。


「我がアルンハイム家に、魔王様の側近として立つ娘が一人くらいいてもいいだろう。達成すれば、書庫の増設も許す」


「や、やります……! やらせてください、お父様……っ!」

 顔を上げたフェリシアの表情は、ついさっきまで崩れ落ちていた少女とは思えないほど明るかった。

 その瞳には希望の光が宿り、まるで“この世の春”を迎えたかのような笑みを浮かべていた。

(書庫増設……蔵書無制限……私の“夢”が現実に――!)



 フェリシアの即答に、侯爵はわずかに口元を緩めた。


(本を抱えて出奔するつもりだったかもしれんな……)


◆ ◆ ◆


 翌日。魔王城、執務室。


 推薦状の束がまた一段と高くなっていた。


「……また増えてる?」


 カイルは書類の山を前に目を細めた。ミリィが小声で告げる。


「今回は……アルンハイム侯爵家からです。“本命”かと」


「本命……? 私は何と戦おうとしている?」


◆ ◆ ◆


 扉が静かに開き、フェリシア・アルンハイムが登場する。


 完璧な礼儀作法、優雅な所作。堂々たる振る舞いは、まさに貴族の鑑だった。


「アルンハイム侯爵家、長女フェリシア。謹んでお目通りを賜りたく、参上いたしました」


(うわぁ……ちゃんとしてる……ちゃんとしてるぞ……)


 カイルは内心、既に圧倒されていた。


 フェリシアは表情一つ変えず、にこやかに微笑む。


(近い……理想より三割増しで格好いい……あの伏し目、無口系!? いや、知的無表情系かも!?)


「魔王様……失礼ながら、王としてどのような国づくりをお考えか、お伺いしても?」


「えっ、いきなり!?」


(ダメだ、初手で“本編入り”した! このままだと冒頭の情景描写が足りないやつになる!!)


 動揺しつつも、カイルは丁寧に答える。


「私は……まだ模索中です。ただ、民の暮らしを守ることが一番だと思っています」


(えっ、えっ、それ……直球すぎません!? 純粋正義属性!?)


 フェリシアは見た目こそ変わらずに微笑んでいたが、内心では高らかに鐘が鳴っていた。


(やばい……これ、私の想定ルートと全然違う……でも逆に、好感度+15!?)


「では、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。魔王様」


 優雅に一礼して退室するその背には、ほんのり震える決意が込められていた。


(よし……! 初回イベントは完了。次は信頼度イベント発生まで、ターンを温存……!)


◆ ◆ ◆


 一方その頃、公爵邸。


 エリーナは父と共に議事録を読みながら、静かに紅茶を口にしていた。


「アルンハイム家が動いたな」


「……彼女、“あの模擬戦”以来です」


「直接勝負は避けるだろう。だが“言葉”で動かすタイプだ」


 エリーナは微かに眉をひそめた。


「私の代わり……というには、少し癖が強すぎるかもしれません」


◆ ◆ ◆


 執務室に戻ったカイルは、書類に目を通しながらぼそりと呟いた。


「……なんで僕、公務中なのに、紙芝居の真ん中に立たされてる気がするんだろ……」


 机の上には、一冊の小さなメモ帳。そこにフェリシアの名前が、ふわりと追加されていた。


(いや、何この展開。僕、国の再建したいだけなんだけど……!?)

(……なんか最近、自己主張するメイドが増えたような?)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ