第16話:動き出す貴族たち
王の名の下、倉庫を開放し、農村への食糧支援が始まって数日。
カイルは村に通いながら、ロットが修理した魔道具の成果を確かめていた。
「これ……ほんとに直ってる!前より軽くなった気がする!」
「動力効率が上がってるな。回転軸、前より滑らかに回る」
農民たちが驚き、笑顔を見せるその様子に、カイルはひとつ深く息をついた。
(底の抜けたバケツに、少しずつでも水が溜まってる……そんな気がする)
その“気がする”だけでも、今の彼にとっては十分だった。
その頃、城内では別の動きが生まれていた。
「――公爵家の娘が“体調不良で退室”したそうだな」
「ええ、そして侯爵家の令嬢が“代わりに側仕えを志願”しているとか」
「ふむ、まさに絶好の機会というわけだな。侯爵家に先を越されるな」
「忠誠心の表れとして“うちの娘”を魔王様の近くに……それ以上の理由はいらない」
貴族たちは“侯爵家が動いた”という噂を聞きつけ、我先にと自家の娘を“魔王様の側仕え候補”として推し始めていた。
公爵家に近づく“利”が、王の傍らを占めることで手に入る――そう思い込んでいるのだ。
だが、当の公爵家、すなわちエリーナの父は沈黙を保ち続けていた。
城の執務室には、採用希望者の推薦状が山のように積まれていた。
執務机の前で、それを前に固まっているのはカイルである。
「……これ、全部“メイド希望者”の書類、なのか?」
「はい。“信頼できる貴族の娘を”という、各家の強い推薦つきでございます」
「いや、そんな数で“信頼”とか言われても……」
(え、これ僕が選ぶの!? どれが地雷で、どれがまともなのかすらわかんないんだけど!?)
心の中で頭を抱えながら、書類の山を前に“私”は戸惑っていた。
その背後では、使用人たちがこっそりヒソヒソと囁いている。
「やっぱりメイド長がいないと、バランス崩れるな……」
「この中で誰か、残るんだろうなぁ……おそろし」
静かに、だが確実に、王の側近争いが始まっていた。
その報告は、グランシュタイン邸の一室で、ティーカップを傾ける二人のもとに届いた。
一人は、ミリィ・クラヴィス。
そしてもう一人――エリーナ・グランシュタイン。
「書類が山積み……採用希望者が殺到しているとか」
ミリィが使い魔からの報告を淡々と伝える。
「やはり、動き出したのね……各家とも」
エリーナは、読みかけの議事録に視線を落としながら、静かに呟いた。
「魔王様の“側”に立つことで、影響力を得ようとする動き……」
「しかも、“表向きの忠誠”という名目なら、誰も文句は言えない。巧妙です」
「今の魔王様にとって……誰が“本当に必要な存在”なのか。それを見誤れば、あの城は簡単に濁るわ」
ミリィがそっと問いかける。
「……では、今は動くべきではないと?」
「ええ。今はまだ、静観すべき時。けれど……“選ぶ前に、選択肢を整える”。その準備は始めておくわ」
議事録に手を置いたエリーナの目が、少しだけ鋭さを帯びた。
書類を前に頭を抱えるカイル。
報告を届ける幼なじみと、それを受け止める令嬢。
そして、王の側に立とうと群がる影。
誰もが“正義と忠誠”を口にしながら――
本当の意図を、胸の奥に隠していた。