第15話:技師、再び歩き出す
夜の静けさの中、村はずれの工房に明かりが灯っていた。
蝋燭の火がちらちらと揺れ、作業台の周りには、何枚もの古びた設計図が広がっている。ロット・ヘイスは椅子に深く腰掛け、黙々とペンを走らせていた。
「ちっ……ここが弱点か。昔の俺なら、こんな初歩的な構造は組まなかった」
自嘲するように呟きながら、手元のパーツを組み直す。指先は年老いてもなお、正確に、そして静かに動いていた。
ふと、あの時のカイルの目を思い出す。
「私も、搾取されてる農民も、あんたが作った道具を頼りにしてるんです」
貴族特有の傲慢さもなければ、無責任な理想論でもない。ただ、真っ直ぐに“必要としている”という意志がこもっていた。
「……あんな若造に何を期待してるんだ、俺は」
そう呟いたロットの頬が、わずかに緩んだ。
一方その頃、城下町の宿屋で、カイルは沈んだ顔で湯呑みに口をつけていた。
(やっぱり……無理だったかな)
ロットの口調、あの閉ざされた扉。きっと、完全に拒絶されたんだろう。そう思うと、なんとも言えない無力感が胸に広がる。
「おい、貴族さん。今日はやけにしょぼくれてんな」
隣に座ったレントが、ふと声をかけてきた。
「……いや、ちょっと思った通りに行かなくてな」
「はは、それは毎日だろ。畑だって、種まいても芽が出ねぇ日なんていくらでもあるさ」
その言葉に、カイルは小さく笑った。
「……そっか。できることから、やってみるか」
翌朝。
村の東端にある古びた工房から、黒い煙がもくもくと立ち昇っていた。
「うわー! またロットじいちゃんのとこ、燃えてるー!」
子どもたちが騒ぎながら駆けていく。工房の扉が少しだけ開き、煤にまみれたロットが顔を出した。
「ちっ、魔力導線の調整ミスだ。……でも、動いたな」
その顔には、ほんの少しだけ、満足げな色が浮かんでいた。
「え? ロットじいさんの工房から煙?」
レントは慌てて立ち上がる。
「もしかして……やる気になったのか!?」
すぐにカイルに伝えようとするが、カイルは朝から畑仕事の手伝いに出ていて、なかなか見つからない。
「ったく……あの貴族、どこで土いじってんだよ……」
一方その頃、グランシュタイン邸では。
書斎に一人こもっていたエリーナが、机に広げた議事録を前に静かに目を伏せた。
(……やっぱり、まだ貴族たちの私欲は根強い)
議事録に記された各地の開発案、その多くに“利権”の匂いが漂っていた。
「民のためと言いつつ、結局は自分の領のため……」
そのとき、ふと昨日ミリィから聞いた、御前会議での一言が頭をよぎる。
「それで、どれが最も重要な政策だと思う?」
ミリィは、少しだけ誇らしげにそう伝えてくれたのだった。
(……あの方の目は、まだ迷っている。でも、ちゃんと“見よう”としてる)
エリーナは、静かに議事録を閉じた。
「……私も、止まっているわけにはいきませんわね」
再び動き出す工房。
耕される畑。
ページを閉じる手と、再び広げられる設計図。
誰もが、少しずつ――前に進もうとしていた。