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第11話:それは、優しき包囲網

 御前会議の間、カイルはずっと、あの空席が気になっていた。


 魔王の右隣、補佐官の席。エリーナが座っていた場所には、今日も誰もいない。


「本日は、“民生改革に関する進捗の確認”を議題といたします」


 書記官が代読し、議場の空気が静かに引き締まる。


 椅子を引く音、筆の擦れる音。だが、どこか不自然に静かすぎる。


 


「魔王様」


 最初に口を開いたのは、中央交易都市を管轄するエルズ公だった。


「先日のご判断、倉庫の開放に関しまして、民からの感謝の声が数多く届いております。つきましては、今後の食料管理の在り方について、補佐的な提案を用意しております」


 机に置かれた書類には、“流通調整の最適化”と題されていた。


(この書式……エリーナが使ってたのと似てる。誰が?)


「ところで魔王様」


 エルズ公が穏やかに続けた。


「これまでの政務の多くは、貴補佐官――エリーナ殿の手腕に支えられていたと聞き及びます。しかし、現在は不在と伺っております」


 場が少し静まり返る。


「であればこそ、我々が今後は陛下をお支えする所存にございます。どうか遠慮なさらず、我々をお頼りください」


 


 続いて、別の貴族が口を開く。


「国全体の物流効率化を目指し、橋梁網の再整備を検討してはいかがでしょう。長期的に見れば、物資の移動にかかるコストが削減され、民の生活も向上するかと」


 きっちりとした言葉。だが、提出された地図には、彼の領地を貫く幹線が赤く強調されていた。


(……結局、自分の領地のため? でも……間違ったことは言ってない)


 


「特に西方の山岳地帯には、現状多くの不便が残っております。そこに“特区”を設けてはどうかと。行政の支援を厚くすれば、結果的に国全体の均衡も――」


 別の貴族が口を挟む。


(その地域って、あの人の親戚が治めてる村だったような……)


 


 会議は終始、“提案”の名を借りた“誘導”で満ちていた。


 カイルは、それらを全て真正面から受け止めるべきか、迷っていた。


(誰も間違ってない。むしろ親切だ。支えてくれようとしてる。けど……)


 カイルは顔を上げ、会議の席をゆっくりと見渡した。

「……それで、どれが“最も優先すべき政策”だと、皆は思う?」

 一瞬、会議室が静まり返る。

 その問いに、誰も即答しなかった。


 やがて、グランシュタイン公爵が低く、静かに口を開いた。

「――それを決めるのが、陛下の御務めにございます」

 他の貴族たちも、深くうなずいてみせた。



 


 会議が終わり、執務室に戻ると、書類がすでに机の上に整えられていた。


「今日はお疲れかと思い、必要書類のみまとめておきました」


 メイドが丁寧に一礼して退室する。足音すら、まるで空気を読んだように静かだった。


 


 


 部屋に一人。カイルはゆっくりと椅子に座り、補佐席を見つめた。


 空の椅子。誰も座っていない。


 


 あの日から、ずっとそうだった。


 


《みんな正しいことを言ってる。


 でも……今この国に“何が一番必要か”を整理してくれる人が、もういない》


 


 その心の声は、誰にも聞こえなかった。

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