第一話:目覚めれば、そこは魔王城
ここは魔王領の外れ、草原と畑しかない“地の果て村”。
カイルはその片隅で、いつも通り鍬を振るっていた。
「ふぅ……今年も石がゴロゴロだなぁ」
今日は十五歳の誕生日。つまり、神からギフトを授かる「成人の儀」の日だった。
村の若者たちが緊張と期待で神託所に集まっていたが、カイルの胸中は不安でいっぱいだった。
「神様、僕にも何か使える力をください――」
祈りを終えたカイルの脳裏に、光の文字が浮かぶ。
――ギフト『観察の眼』:相手の名前と戦闘力を視認可能
「……えっ、それだけ!?」
拍子抜けした気持ちを隠して宴に出るが、内心は沈んだまま。
そんな夜、ギルドから急報が届く。「新種魔物が村の周囲に出現した」と。
カイルはギルドの手伝いで、調査隊に同行することに。
魔物に見つからないよう、枝葉を体に巻きつけて隠密行動を取るが――それが仇となった。
「おい、あれ見ろ! 魔物か!? ……喋ったぞ!?」
「え、違――え、なに!? 捕まるの!?」
叫ぶ暇もなく、魔族の兵士たちに拘束され、連行されるカイル。
◇◇◇
連れてこられたのは、異様な静けさと不気味な威圧感を放つ巨大な黒の城――魔王城だった。
「マズい……これ、マジでヤバいやつでは……?」
牢に入れられたカイルは、縄の切れ目を見つけて、ソッと逃げ出す。
目指すは外への通路。途中、誰とも会わず進めているのは幸運か不気味か――
だが、運命は彼を逃がさなかった。
王宮の奥。装飾が豪華な扉の前で、カイルは“それ”と出会ってしまった。
「……なんだ、お前は?」
鋭い赤い瞳と漆黒の角を持つ魔族――魔王だった。
「ちょっと待ってください! 僕、村の人間で、誤解で連れてこられたんです!」
「……ほう、喋る…人間か? ちょうどいい」
ニヤつく魔王。
魔王は口元を歪め、手を掲げた。
「禁呪・魂交替」
「なっ……!?」
その言葉と共に、世界が反転し、カイルは気を失った。
◇◇◇
――魔王の私室。
ふかふかの寝台の下、赤いカーペットに突っ伏すように倒れていたカイル。
だがその体から感じられる“生命力”は、驚くほど弱々しかった。
「……魔王様っ!?」
扉を開けたメイド長が、血の気を引かせて駆け寄る。
戦闘力120万を誇る彼女が震えるほど、目の前の“魔王”は、生命力が感じられなかった。
「ど、どういうこと……!? 魔王様のマナが……底を尽きかけてる……!」
「……ミリィを! ヒールの使い手を呼んでくださいっ!!」
(まさか……暗殺?)
(そんな話、聞いてない……!)
(魔王様を狙うなんて、誰がそんなことを……)
(逃げた犯人……まさか、魔王様を討とうとしたのが“あの勇者”……?)
(神技――人類の勇者が使う神術の一撃……?)
(あれなら、魔王様を瀕死に……!?)
ざわめく空気の中、メイド長は声を張り上げた。
「落ち着いて! まずは魔王様の回復を最優先に!」
一人のメイドが、回復魔法を発動した。
「《ヒール・イン・エリシア》!」
光が降り注ぎ、カイルの体に命が戻る。
うっすらと目を開けたカイルは、ぼんやりと天井を見上げた。
「うぅ……ここは……?」
「魔王様……ご無事で……」
メイド長は安堵とともに、そっと目元を拭った。
(……え? なんでこんな人が……? あれ、俺、牢から逃げようとして……?)
まだ混乱する頭の中、カイルは気づいていなかった。
◇◇◇
その頃――
「ふははっ、完璧だ。俺の計画は大成功だ!」
人間の姿となった“元・魔王”は、体力全快の状態で、夜の森を駆け抜けていた。
「この体、軽い! いいぞ、これからは自由気ままに生きてやるっ!」
――こうして、カイルの知らぬ間に、魔王の“中身”は入れ替わり、
一人の農村少年が、“国の未来”を背負うことになった。