近づく悪魔の足音
初めての委員会がつつがなく終わってから一週間が経過していた。
日常は平穏を取り戻していた。
まあ、教室にいたら和樹と恵梨香に捕まって巻き込まれるようになったけど、それでも特に不満なく過ごせていた。
懸念していた恵梨香のヤンデレについても、思ったよりは悪い方向に進んでいなかった。
時折り、
「ねぇねぇ、ハクくん! 私の汗がしみたブラジャーいらない? 代わりにハクくんが履き古して洗ってないパンツちょーだい?」
「ねーぇ、私が落としたこれくらいの刃渡のナイフ見なかった? え? 何に使うかって……それはハクくんに近寄る羽虫を蹴散らすためだよ?」
とか訳のわからんことを言っているが、俺は
「あはははっ! おいおい何言ってるんだよ。冗談は程々にしとけよ? なっ、和樹?」
「おう! ナイフはよくわかんねぇけどよ、ブラとかパンツって男子高校生としては悪い交換じゃねぇよな? いやぁ、恵梨香も積極的になったもんだなぁ、ハクぅ、男冥利に尽きるってもんだな!」
なんていう会話をしていたりする。
いつも藁にもすがる思いで和樹に話を振るのだが、あいつは臨機応変さが足りないから役に立たない。
味方のふりをした敵でしかない。
ナイフの下りにもっときちんと触れやがれ!
俺だけじゃなくて他のメインヒロインが刺されても知らないぞ。
「まあ、予想よりも恵梨香のヤンデレ化は緩やかっぽいし、この分なら普通に接しても問題なさそうだな」
昼休みは一人で校舎裏に来ていた。
幸いなことに、恵梨香は原作通りのヤンデレにはなっていない。
ナイフの持参には驚いたが、まだ序章にすぎないし行動に起こすようには思えない。
このまま適切な距離を保っていけば問題なさそうだった。
「……恵梨香は問題ないとして、花蓮のことが少し気になるなぁ」
花蓮とはあれ以来一度も会っていない。
というより、俺が避けている。
仮にすれ違ったりしても一瞥すらしないようにしている。
鋭い視線を感じるが無視を決め込む。
ないものとして扱った。
全ては順調だった。
俺の記憶が正しければ、今日はついに和樹と花蓮が初めて顔を合わせることになる。
場所は放課後の下駄箱付近。
ドジでバカで天然でおっちょこちょいでラッキースケベ野郎の和樹が、リュックの隙間から教科書をぶちまけるところからそのイベントは始まる。
たまたま通りがかった花蓮は呆れながらも手を貸すのだが、足元の段差に躓いた和樹が右手に持った教科書を振りかぶってしまい、それが花蓮の尻に”パアアアアァァァンッ!“と命中する。
いつもの花蓮なら激昂するところだ。
そして相手に罵詈雑言を浴びせる。
しかし、その時の花蓮はその痛みを快楽に変換し、あろうことか”気持ちいい”と思ってしまうのだ。
結果、花蓮はその快楽の正体を確かめるべく、執拗に和樹に絡んでいく……ってな具合だ。
「……ここで和樹が花蓮にドM調教しすぎるとSMルートに突入しちゃうんだよな。でも、適度にSとMを調整してあげれば、ただ可愛いだけの花蓮と結婚までいけるハッピーエンドになるわけだ」
つくづく奥が深いゲームだ。
そして、一風変わったエンドが多いから飽きさせない。
確か他にもいくつかエンドがあったはずだ。
「あはっ……」
なんとなく笑みが溢れた。
恵梨香の時は目算を誤ったが、今回はうまくいきそうだな。
(さてさて、花蓮を撒けたのは大きい収穫だ。この経験を糧に残されたメインヒロインたちも捌いていくぞ!)
俺は心中でガッツポーズを決めた。
しかし、喜んでいたのも束の間、いきなり背後から足音が迫ってくるのがわかった。
石畳の上をコツコツと歩いている。
音は徐々に近くなる。
校舎裏は日陰になりじめっとしていて、基本的にはひと気がないはず……こんな場所に来る物好きなんていない。
あれ? なんか、嫌な予感がするぞ。




