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メインヒロイン島内恵梨香 陥落する

「……ねぇ、朝霧くん」


 少しの沈黙の後、恵梨香が口を開いた。


「なに」


「適当に歌ってよ。お口直しじゃないけど、和樹の歌聞いたらおかしくなりそうだったからさ」


「俺も同じくらい下手だよ?」


「謙遜はいいから早く早く」


「わかった」


 俺は断らなかった。

 メインヒロインの一人である恵梨香の怖い一面を知っているからこそ、あまり刺激はしたくなかったのだ。


 あんまり怒らせると包丁を持ってくるタイプだからな、このヒロイン。嘘じゃないぞ、マジだからな。




 ちなみに俺の歌が下手っていうのは謙遜ではない。

 前世の俺は歌が壊滅的に下手だった。

 会社の飲み会では必ず余興で歌わされるくらいには下手だった。


 皆を笑顔にできる、否、バカにされてピエロになれるレベルだった。


「歌うよ」


「うん、聞かせて」


 ピエロ慣れした俺に恥じらいの心はない。


 あえて和樹と同じ曲を選んだ。

 難曲のラブソングだ。



 そして、アラサーの大人として堂々と一曲を歌いきった。



 のだが、歌い終えて気がついた。



 あれ? 俺の歌、超上手くない?


「やばっ……ねぇ、朝霧くんってプロのミュージシャンじゃないよね? ネットで歌い手とかやってたりする? もしかして有名人?」


「いや……そんなことはないんだけど、おかしいなぁ……」


 本当におかしい。

 

 普段は75点取れれば御の字だった俺のカラオケライフに色がついているぞ。


「超上手いじゃん、プロかと思ったよ! なんかもうキュンってした!」


「だよね。俺もびっくりしてる」


 俺もびっくりしてるよ、恵梨香。

 君がそのセリフを俺に向けてきた事実にね。


 本来は和樹に向けられるべきセリフを俺が頂戴してしまう大ミスをやらかした。


 これまた予想外の展開だ。なんで俺の歌がこんなに上手いんだよ。

 下手であってくれよ。じゃないと歌い損だろ。


「……もう一曲聞かせてほしいなぁ」


 恵梨香は対面に座っていたはずなのに、気がついたら俺の隣にきていた。


 距離の詰め方が上手いな。

 さすがはエロゲのメインヒロインだ。

 実を言うと、彼女は作中屈指のチョロインとして名を馳せていたし、こんなにあっさり靡くのも納得だ。


 だが、残念だったな。中身がアラサーおっさんの俺はそう簡単に堕とせないぜ?

 そんな巨乳をぎゅって寄せて見せつけてこようと、むちっとした生足を組んで見せてこようと、うん……決して、決して、絶対に靡かないからな! 本当だぞ!


「ちらちら見過ぎ」


「すみません……」


 靡いてしまった。ついつい視線が誘導された。


 でっけぇぺぇおつとむちむちのもも肉には抗えませんでした。


「もっと……見たい?」


「え?」


 心臓が跳ねた。潤んだ瞳で見つめられると変な気分になる。


「……和樹にも見せたことのない私の大事な部分、見たい? いいよ、朝霧くんになら……見る?」


「あ……えーっと……」


 見たくないと言えば嘘になる。ただ、首を縦に振った瞬間、破滅を迎える。

 島内恵梨香というメインヒロインには手を出してはいけない。

 

 絶対にだ。


「ごめん」

 

「なに本気で謝ってんのさ。じょーだんだよ! じょーだん!」


 恵梨香は笑っていたが、その笑みにはどことない怖さを感じた。


「そ、そっか……」


 恵梨香に好かれたら俺の命はいくつあって足りないぞ。

 比喩じゃなくてリアルに。


「ふふっ……というか、朝霧くんってクールでちょっと怖い感じだったけど、結構話しやすいし素直だよね」


「そうかな」


「うん。噂では女の人のことが嫌いで誰彼構わず睨みつけてるとか、ドSの王子様とか聞いたことあるよ」


「なんだそれ」


 裏ルートでBLエンドが用意されてるくらいだし、本当の朝霧ハクは女嫌いだったのかもしれない。俺はむしろウェルカムなんだけどね。


「所詮は噂だったってことかな?」


 恵梨香は微笑んで首を傾げた。さっきまでの不穏な空気は全くない。

 あれかな、俺って警戒されてたのかな。怖がられたみたいだし、誤解を解くなら今のうちか。


 恵梨香と仲良くなりすぎるのは遠慮願うけど、平穏な高校生活を手に入れるには人付き合いは大切だから……


「これからもっと俺のことを知っていってよ」


 俺は恵梨香に微笑みを返した。


 すると、恵梨香はボッと顔を赤くして立ち上がった。

 そしてまるでロボットのような動きでコップを手に取る。


「ド、ドリンクバー行ってくる!」


 喉が渇いたのか。不自然に声が上擦っている。


「うん。行ってらっしゃい」


 なんでかよくわからないけど、恵梨香の挙動がおかしい。


 ほら、今にも転びそうになってるし。


「行ってきます……きゃぁっ!」


「おっと、危ない。大丈夫?」


 予想通り転んでしまった。まあ、俺がギリギリ抱え込んで受け止めたから助かったけど。


 ヒールが折れた王女様の背中を、片膝をついた王子様が支えているような格好だ。

 なんだこの例え。これじゃあまるで俺が恵梨香にとっての王子様みたいだろうが。


「……っ……だ、だだだ、だいじょーぶだから! 離して!」


「ご、ごめん」


 恵梨香はバタバタと部屋からいなくなった。

 俺の謝罪なんて聞こえてないくらいの猛スピードだった。


 なんだよ、あんなに顔を真っ赤にしちゃって。


 俺はアラサーおっさんで全然かっこよくなんか……いや、待て待て待て。


「……失念した。朝霧ハクってめちゃくちゃ美少年じゃん」


 選択を誤ったのかもしれない。

 こんな美少年の美声を聞かされて、体を気遣われて、支えられて助けられて……こんなの惚れるに決まってる。

 現実世界ならわからないが、ラブファンのメインヒロインは恵梨香を筆頭に全員がチョロインで有名だ。


「くそ、やっちまったな」


 俺は意図せずして、幼馴染系ヒロインの島内恵梨香を陥落させてしまったのかもしれない。


「——うぃっすー、うんこから戻ったぜぃ! 恵梨香がダッシュしてたけど何したん? って、おいおいおいおい! 俺の歌が98点ってマジィ!? やばくね? というか、お前ら二人は何を歌わずに俺のこと待ってたのかよ〜! やっぱ主役がいねぇと始まらないってか!?」


 全く、こんなおとぼけバカが恵梨香を堕とすビジョンが全く見えないぞ。

 俺がこいつと同じ選曲をしたからか、今も変な勘違いをして喜んでるし。


 今日のところは仕方ない。最初のイベントは台無しになってしまったが、俺は俺が美少年である自覚を持つことができたから良しとしよう。


「おいおい、無視すんなって~! ハクぅ!」


「うるせぇうんこ」


「え! うんこ!?」


「なんでもない」


「お、おう、変なやつ」


 お前が言うな。

 うんこしてないで早く戻ってきてくれよ……

メインヒロインの1人が陥落しました。

ハクくんの行方やいかに

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