カラオケルートへ!
「いえーい(棒読み)」
俺はマラカスをシャカシャカ鳴らして、恵梨香の美声に合いの手を入れる。
「ひゅーひゅー! 恵梨香、やるじゃん! カラオケなんて初めて来たけど楽しいぜ! なっ、ハク!」
「そうだなー」
和樹は満面の笑みでノリノリだった。
気持ちよく熱唱する恵梨香を囃し立てている。
なにこれ? なんで俺もカラオケに来てんの?
朝霧ハクはモブキャラだろ?
和樹に圧倒されて連れてこられたけどさ……
「……楽しいねっ!」
歌い終えた恵梨香はすっきりした顔つきだったが、視線を俺の方に向けることはない。
「恵梨香、めっちゃ歌上手いじゃん! んだよその才能、俺に隠してたのかよ!」
「も、もしかして、私の歌声を聞いて好きになっちゃったり……?」
恵梨香は和樹に褒められて頬を赤らめていた。
背後のモニターは【92点】を表示しているが、そんなの見ることすらしない。
「好き? そうだな、初めて聞く曲だったけど好きなリズムと好きな歌詞だったな! でも、幼馴染だし俺も負けてらんねぇな!」
「あー、うん……頑張って……もう、なんで私の気持ちに気づいてくれないのよ、ばか…………っ」
わかってはいたが、間抜けな答えを返した和樹に対して恵梨香は急速に冷めていた。
まあ、慣れているのだろう。
愛想笑いを浮かべながら座った。
「……はぁぁぁ」
恵梨香は溜め息を吐いた。
そして、対の位置に座る俺のことを一瞥する。
その目には「なんでお前がおんねんボケ」という強い意思が込められていた。
ごめん。俺もそう思ってんだ。
和樹が俺を誘った時、君はすごく嫌そうな顔してたもんね。
「え? こいつ誘うの? 二人っきりでカラオケ行く約束だったよね?」
って、そんな顔だったもんね。
でも、俺も被害者なんだ。許してほしい。
「よっしゃぁ! 次は俺が歌うぜ! あんま自信ないけど」
和樹が曲を入れてマイクを手に取った。
始業式しかなくて昼前に学校が終わったからか、テンションが高すぎる。
恵梨香も少し呆れているのか、唇を尖らせてつまんなさそうにしていた。
だが、侮ることなかれ!
ラブファンの主人公である一ノ瀬和樹は、なんと歌がめちゃくちゃ上手いのだ!
作中では、恵梨香が「プロかと思った! 知り合いに芸能関係の人がいるから紹介するね!」と評するほどに。
そして、その選択肢に”はい”と答えると、『一ノ瀬和樹、プロミュージシャンルート』に分岐し、マネージャーとして恵梨香を雇って二人三脚でハッピーエンドを迎えるシナリオもある。
今は呆れて何も言えないかもしれない。
それでも和樹の生歌を聞けばコロっと心変わりするに違いない。
俺のことなんか忘れて和樹の歌を聞き入るがいい!
「……緊張するぜ」
和樹は「あ、あー」と言いながらマイクチェックをする。
少し不穏な流れだ。なんか声が震えてるし、たどたどしい感じがする。初めてのカラオケってさっき言ってたし……大丈夫か? 大丈夫、だよな?
(主人公、頼んだぞ……)
俺が祈りを込めるのと同時に、音楽が流れる。
今流行りの定番のラブソングだ。キーが高くて歌うのは難しいから普通はチョイスしないと思う。
よほど自信があると見た。
さあ、聞かせてくれ。その美声を。
俺は期待を常に瞳を閉じた。
薄目で恵梨香見ると、彼女もまた胸に手を当て聞き入る準備を整えていた。
正規ルート通りに行けば、ここで恵梨香が和樹に惚れ直すはずだ。
それを確認したら、俺はこっそり部屋から出ていくつもりだ。
歌い出しまで、五秒前……
3
2
1
「あなぁーたぁーに、あいたいよぉ~! いますぐぅにぃ~~! あんぁー!」
ん? は? へ?
おい、なんだこの頭に一つも記憶が残らない薄汚い声は……?
「はぁ?」
疑問の声を漏らしたのは、恵梨香だった。
顔のパーツが面白いくらいに歪んでいる。
待て待て待て待て待て!
クソ下手やんけ!
逆の意味でギャップ萌えだぞ。
普段の和樹のキャラ的には歌下手の方がピッタリ合うんだけど、曲のチョイスと期待感を考えたらもう取り戻せない感じがする。
(ダメだ……無念、カラオケルートは失敗だな。異分子の俺がいたせいか?)
色んな意味でがっかりする俺と恵梨香を尻目に、当の和樹はそれはもう気持ちよさそうに熱唱している。
男友達何人かできたら楽しいんだろうな。
今は恵梨香がいるから論外なんだけどさ……
やがて、五分ほどの曲が終わると
「……うひょーーーー! カラオケってマジで楽しーな! トイレ行くっ!」
和樹はニッコニコだった。
それだけ言い残して部屋を出ていく。
途端に密室個室空間は気まずい雰囲気で満たされる。
おい、主人公!
お前は何やってくれてんだ。
メインヒロインの一人とモブキャラをこんな場所に残してなにしろってんだよ。
まちまちの投稿ですが評価してくださってありがとうございます!
すごく嬉しいです♪(´ε` )




