主人公を見つけたよ
私立向日葵高校は、この辺りだとそこそこ頭が良く、校則が緩めで評判の良い高校だ。
俺、朝霧ハクの学力はわかりかねるが、高校生の勉強くらいならなんとかなると思う。
社畜アラサーを舐めるなよ。
とまあ、そんなことはどうでもいい。
それよりも……今は目の前の席でいちゃつく二人を見ることにしよう。
「和樹、ブレザーに歯磨き粉ついてるわよ?」
「やべ! 恵梨香、ティッシュでとってくれよ」
「もう……しょうがないわね」
「ん、ありがとよ」
「私は和樹のお母さんじゃないんだからね! 普通の女子はここまでお世話してくれないんだよ?」
「わかってるよ。なんだかんだ恵梨香は俺のためにやってくれるし、そんなとこも可愛いなって俺は思ってるぜ? 良い奥さんになりそうだよなっ!」
「っ! も、もう! 和樹のばか! こんなことやるのは和樹にだけなんだからね!」
俺のすぐ目の前でピンク色の会話を繰り広げているのは、ラブファンの主人公である一ノ瀬和樹と、幼馴染系メインヒロインを務める島内恵梨香だ。
二人は幼稚園の頃からの幼馴染で、出会いのきっかけはいじめられている恵梨香を和樹が助けたことだ。
それ以来、恵梨香は和樹を好きになったが中々言い出せずに時が経ち、同じ高校に進学し、じれじれと機を伺っていたら早くも高校二年生になってしまったという経緯がある。
まあ、恵梨香は和樹に対して割と積極的なアプローチをするシーンも多いんだけど、何にもピンとこない鈍感バカ主人公のせいで苦労するんだよね。
「——あ、そういえば、お前とは初めましてだよな?」
「え? 俺?」
心臓が跳ねた。
「窓際の角の席なんだから今俺が話しかけてんのはお前しかいないだろ。おもしれぇやつだなぁ」
和樹はケラケラと笑っていた。
よくわからないが、なぜか和樹から話しかけれてしまった。
こんな展開はなかったはずだ。
だって朝霧ハクは隠しキャラポジションだし、背景の一部にすら登場しないくらいだし……
そもそも主人公の後ろの席を陣取ってる事自体がおかしいんだよな。
予想外の展開すぎて返答に困るぞ。
「……えーっと、初めまして。君の名前は?」
本当は和樹の家族構成から好きなタイプ、巨乳派であることまで何もかも知っているが、俺はとぼけたふりして聞き返した。
「俺は一ノ瀬和樹! 和樹って呼んでくれよ。こっちは幼馴染の恵梨香。馬の尻尾見たいな黒いポニーテールがトレードマークだぜ」
「和樹、私のポニーテールのことそんな風に思ってたの?」
「え、いや、まあ……昨日って日曜だからテレビで競馬流れててさ、そこでふと思ったんだよ……って、ありゃ? もしかして怒ってる?」
ノンデリカシー、鈍感、バカ、なのにモテる。
和樹はエロゲの主人公に相応しい逸材だ。
「……はぁぁ、もういいわよ。それで、朝霧くんだったよね?」
恵梨香が聞いてくる。
第二ボタンまで開けられたワイシャツ、緩められたリボン、膝上数十センチのスカート、着崩された制服。でかい胸に肉付きのある太もも。
周りは誰も視線を向けていない。ここがエロゲの世界ゆえの常識なのだろう。
「うん。朝霧ハクだよ。知ってるの?」
「当たり前よ。朝霧くんは頭が良くて運動もできるクール系男子って言われてて、色々と評判なのよ?」
「へー」
よくわからないけど意味深な言い方をされた。
「なんでそんな他人事なのよ」
そう言われても、俺も知らなかった情報だし。
頭が良くて運動もできるなんて最高じゃん。しかも、美少年だし。
「……それよりもうそろそろ始業のチャイムが鳴るけど戻らなくていいの?」
「あ、それもそうね。和樹、またあとでね」
「おう!」
和樹と恵梨香はにこやかに視線を交わしていた。作中でも仲の良さはナンバーワンだった。恵梨香ルートはもっとも真っ当な恋愛をして結婚まで辿り着く。そういう予兆は普段から醸し出されている。
(始業式が終わったら二人きりでカラオケに行くんだよな)
物語の一番最初は、和樹と恵梨香が二人でカラオケに行くところから始まる。
そこで和樹の歌の上手さがギャップ萌えに繋がり、恵梨香はキュンキュンするのだ。さらに、密室個室空間にはピンク色の雰囲気が漂い、それとなく二人の手や体が触れ合うシーンもある。
俺は関わるつもりはないので、放課後は是非とも二人だけでラブラブチュッチュするといい。
正直、ラブファンのメインヒロインたちは激ヤバ系と謳われるほどの劇薬だから関わりたくないんだよな……見た目は可愛いんだけどね。
★★★★★
 




