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5 謎

「お、いたいた、やっと見つけたぞ」

 木立の中に何か動くものを見つけてロイ・メルが叫んだ。

「てこずらせやがって」

「猿のようだな。地球にいる動物種の中で類似のものを捜すとすれば」

 科学班長が率直な意見を述べた。ミリオリーニは既にジープを止め、銃を構えている。

「船長、撃ってもいいですか?」

 ライフル銃のスコープから目を離さずに、一等航宙士がいった。

「少し観察してからの方がいいんじゃないか?」ワイスコップが答えた。「仲間が大勢隠れているかもしれない。それに、危険な奴だったらことだぞ」

「船長、そんな悠長なこといってたら、逃しちまいますよ!」

 大男の黒人機関士が口を挾んだ。ワイスコップが科学班長を振り返った。

「カウフマン、きみはどう思う?」

「とりあえず、威嚇だけでもしてみたらどうですか」

「ほらほら、あっ、木の上に隠れちまう」

 ロイ・メルが叫び、右手で十数メートル先の広葉樹らしいがっしりした木の上を差し示した。まるで日本猿のように柔らかい灰色の毛に覆われたその生き物は、森に現われた闖入者たちに気づいたのか、幅の広い木の枝に跳び上がると用心深く当たりを見まわしている。

「よしフェル、一発目は威嚇だ」ワイスコップは一等航宙士にいった。「それで仲間がいないことを確認したら、仕留めてもいいぞ」

「難しい註文ですな、船長」

 やはりスコープから目を離さずにミリオリーニが答えた。

「いいから、早く撃てよ」とロイ・メル。

「オーケイ」ミリオリーニが答えた。

 引き金にぐいと力を加える。

 一発の銃声が森じゅうに鳴り響いた。

 その音に驚いて、鳥たちが一斉に木々を飛び立った。赤、青、緑。さまざまな色の鳥たちだ。降りしきる羽音が、さんさんと輝く太陽の光に溶け込んでいく。

「そうれ、もう一発!」と黒人機関士が気勢をあげた。

 一匹の猿様生物が、近くの木の上からストンと落ちてきた。が、ミリオリーニの弾丸が当たったのではなかった。ライフルの轟音に気を失くしてしまった結果のようだった。その証拠に、しばらく経つとその猿は不思議そうな顔をしてきょろきょろと辺りを見まわし、首を傾げると、そのまま逃げ去ろうとした。

「すっとぼけた野郎はどこにでもいるもんだな」

 そう呟くと、ロイ・メルが笑った。

「だが、そうじゃない用心深いのもいるぞ」

 ワイスコップが彼らのいる方から見て左側の木の上にじっと腰を落ち着けて辺りを窺う二匹の猿を差し示した。

「できれば、おれたちもああなりたいもんだな」

 ミリオリーニが最初にわざと狙いをはずして撃った猿の姿は、もう何処にも見当らなかった。

「大丈夫そうだな」ワイスコップがカウフマンにいった。「あの左側のでかい方を狙おう」

「了解、船長」ミリオリーニが答えた。

 再び銃声が森じゅうに響き渡った。

「やったぜ!」

 ロイ・メルが叫んだ。その惑星の猿様生物が一匹、高速の弾丸に胸を撃ち抜かれ、わずかな叫びをあげると、木の上で身をよじった。

「相変わらず、いい腕をしているな、フェル」ワイスコップが一等航宙士にいった。「本当にきみは……」

「船長、あれを見てください!」

 カウフマンが大声で叫び、バランスを失ってまさに木から落ちはじめた猿を差し示した。

 それは非常に奇妙な光景だった。グラリと身体を揺らし、その星の重力の法則にしたがって落下をはじめた猿様生物が、その落下の過程にともなって時々刻々と姿を変えていったのだ。初めは猿。これはもとの形だ。だが、カウフマンがすでに気づいていたように、その変化は、ミリオリーニがそれを撃ち殺した時点から始まっていたようだ。つぎにはその猿の姿のなかにオニユリのような植物の形が二重露光された。初めは薄く。そして落下にしたがって段々と濃く。

 ドサリ

 地面についたとき、その猿の姿は完全に巨大なオニユリのものに変わっていた。

「いったい、どういうことなんだ?」

 おそるおそるその植物の落下した場所に近づくと、ロイ・メルがいった。

「このユリが、あの猿の正体だっていうのかい?」

 人間の頭ほども大きさのある毒々しいその紅蓮の花が、恨めしそうに彼ら全員を見返している。太い青緑色の茎には、ライフル弾の貫通した痕がはっきりと残っていた。

「わからんな」ワイスコップが頭を抱えた。「さっぱりわからん」

「とにかくこいつを調査船に持ち帰って、分析してみましょう」

 科学班長が提案した。

「大丈夫かな?」ミリオリーニがいった。「死んで姿を変えた、化け物みたいな奴だぜ」

「捨てて帰りましょうや、船長」とロイ・メル。「気味が悪い……」

「いや、持って帰ろう」ワイスコップが決断した。「おれたちは望むと望まずにかかわらず、しばらくはこの星に滞在しなければならん。食料捜しがあるからな。おれにはこの事態の解明が、この惑星、あるいは生体系を理解するよい手がかりになると思えるんだ。もちろん多少の危険はあるかもしれないが、それは覚悟の上だ。相手の正体がわからないということは、これから先何かが起こったとき、おれたちには手の下しようがないということだからな」

 ワイスコップは連れの三人の男たちの顔をまじまじと見つめた。

「それでいいな?」

「わかりました、船長」

 ロイ・メルとミリオリーニが即座に答えた。

 カウフマンは巨大なオニユリのそばにしゃがみこんで、その花弁を熱心に観察している。

「軟質プラスチックの袋に入れましょう」科学班長が無感動な声でいった。「それと、毒物用の使い捨て手袋も入りますね」

 三人を見上げ、

「宿主が生命を失うことによって活性化するウィルスが潜んでいるかもしれない」

「何ですか、それ? おっかない……」とロイ・メル。

「悪いがロイ、いまカウフマンがいったものをジープから取ってきてくれないか?」

 それには答えず、ワイスコップが黒人機関士にいった。

「了解、船長」

 返答一番、機関士がジープに向かって走りだした。


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