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3 ゲート脱出

「操舵不能。ただ流されるのみ。一体いつまでこの状態が続くんだろう?」

 時計を見つめるとフェルナンド・ミリオリーニがうんざりしたように呟く。マリー・アントワネット二世号は既に二時間以上、ゲートの力場に捕えられている。

「おれたちはチームを組んだときから運がよかったからな」

 ロイ・メルが誰にともなく言う。

「くじ引きでまた惑星旅行を引き当てちまったのさ。クリューゲル伴星二番Bで、ばかでかい稀土類の鉱床を見つけたときのことを憶えているだろう。受けた命令ではイットロタンタル石かゼノタイムの鉱脈がわずかばかりありそうだという情けない話だったが、ところがどっこい、未曾有の大鉱脈だったじゃないか!」

「でも、あの仕事の後味はよくなかったわよ」エブリン・パーネルが口を挟む。「よく調べてみたら、あれは核反応を体内エネルギー源にしている生物の死骸だったじゃないの」

 ポカンとした顔つきの佐伯にカウフマンが説明する。

「稀土類元素のガドリニウムとユーロピウム、それにイットリウムは、原子炉の制御材や耐食材の用途があるんですよ」

 それからパーネルに向かい、

「我々が大昔に使っていた石炭だって太古の植物の死骸じゃないのか?」

「大地に安住することで意識を枯らしてしまった植物だったら、さして気にならないんでしょうね。違う、エブ?」ドグ・温が言う。

 無線通信士は無言で船医にやれやれという顔をして見せる。

「この連中は、どんなはずれくじでも当たりくじにしてしまうやつらですからね」ワイスコップが佐伯に言う。「一番の貧乏くじを引かれたのは先生かも知れませんよ。いくらこの船の第一寄港先が先生の目的地と同じだったからと言って……」

「まあ、その話は……」

「先生、黙って!」

 カウフマンが緊迫した声で叫ぶ。自分の半面を取り巻くようにズラリと並んだ計器類に目を走らす。

「磁気モーメント異常。慣性質量が復活して徐々に増大。微細構造定数安定化。これはhの揺らぎが落ち着いたせいだな。……船長、力場の効果が薄れています」

「全員緊急配置につけ!」

 カウフマンの言葉を受けてワイスコップが怒声で命令を下す。

「先生とドグ・温も空いている席に座って安全ベルトを締めて下さい」

「こうやるのよ、先生」

 温麗華が佐伯に安全ベルトの使い方を教えると自らもそのとなりの席に座る。ミリオリーニがその様子をチラリと振り返って見る。

「ありがてえ、やっと出口だ!」ロイ・メルが大声を張り上げる。

 衝撃!

 通常船舶が高波を被ったときのようにマリー・アントワネット二世号全体が前後左右に激しく震える。全船緊急警報装置がかまびすしい叫び声を上げる。メインスクリーンのチカチカと瞬く色彩が一瞬青一色になり、急にまっ赤に変わり、そして内部から爆発する。

「ひゃっほー、星だぜ!」黒人機関士が叫ぶ。

 爆発した超常空間の裏側から通常宇宙が飛び込んできたのだ。

「リーザ、現在位置の確認を頼む」船長が言う。

 再び衝撃。今度は二度だ。船体がギリギリと軋み音を上げる。

 機関士のロイの目の前で緊急ビーコンが鳴る。

「船長、大変だ! 今の衝撃で、燃料タンクに穴が空いちまった……ようだ」

「被害の規模は?」とワイスコップ。

「わからねえ、いま調べている」黒人機関士が答える。

「ふう、飾り気のない船でよかったな」ミリオリーニが呟く。

「そうでなかったら今頃、大けがしてるところだぜ!」

 一等航宙士がいい終わる前に彼の制御していたコックピットがボンと爆ぜ、火を吹く。

「あちちち、消火器! 消火器は何処だ!」

「はい、これ」と手際よく、無線通信士が一等航宙士に自分の消火器を投げ渡す。

「ありがとう、エブ」

 ドグ・温が席を立つとミリオリーニのところへ向かい、

「大丈夫、フェル」と心配そうな顔つきで訊く。

「他に怪我をしたものはいないか?」

 ワイスコップがそう叫んで全員を見まわす。

「大丈夫です」

「どうにかね」

 何人かがそれに答える。

「船長、どうやらここは、これまで知られているどの星域にも属さない宙域のようです」

 航路算定士が言う。

「わかった。リーザ、きみは引き続き、場所の確認を続けてくれ」

「わかりました、船長」

「ロイ、燃料タンクの具合はどうだ」ワイスコップが機関士に尋ねる。

「よくはないですね。とにかく早く慣性飛行に移るか、適当な惑星の周回軌道に乗らないと」

「了解した。……リーザ、悪いがさっきの命令は一時保留にしといてくれ。この星域内で一番近い惑星を捜すんだ!」

「了解、船長」

「スクリーンを見ろよ。さして遠くないところに恒星系があるじゃないか!」

 一等航宙士が左手の火傷をさすりながら言う。

 そういわれて佐伯がメインスクリーンに目をやる。オレンジ色の球体がスクリーンの右上方に輝いている。

「フィルのいう通りです、船長。あそこに見える恒星は確かに九つの惑星を従えています」航路算定士が指摘する。「現在、その惑星のうちどれが最適かを検討しています」

「早く決めてくれよ、リーザ。修理ロボットが二台、今、吹っ飛んだ!」ロイ・メルが叫ぶ。「燃料に火がついたらしい」

「自動消火装置は働かないのか?」

 いらついた声で船長が叫ぶ。

「試しているところです」と機関士。「おっと、ありがてえ、消火装置には異常なしだ」

「最善をつくしてくれ、ロイ」

「わかってまさあ、船長」

「船長、三番目の惑星がもっとも安全に周回軌道に乗れるという計算結果が出ました」

「聞いたかフィル、あとはきみの腕次第だ」

「了解、船長」一等航宙士が答える。

 とすぐに船に加速が加わる。

「カウフマン、他にはなにか問題は見当らないか?」

 計器に鋭い視線を走らせると科学班長が答える。

「今のところは特にありません、船長」

「ありがとう、ジョン。……ところでエブ、当然やってくれているとは思うが、組合か連盟への連絡はつかないかな?」

「今のところ応答なしです」無線通信士が答える。「ゲートを抜け出たので少しは、と期待しているのですが、ゲート内と同じで、まったく無反応です」

「よしわかった。きみはそのままその作業を続けてくれ」

「了解、船長」

 ついさっきまで拳大だったメインスクリーンの中の恒星の姿が見る間に大きくなってくる。稀土類金属採鋼船、マリー・アントワネット二世号は、だがそのスクリーンいっぱいに広がった名もない恒星をすいとかわすと、スペクトルG2の光を放つその星の従者のひとつ、第三惑星に一路向かう。

 うまくそこまで行き着いてくれればいいんだが……。おれはここにいる愛すべき連中を、ひとりとして傷つけたくはない。

 両手を組み、腹の上に乗せると、これまで数多くの航宙をなんとか無事にきり抜けてきたマリー・アントワネット二世号の船長、けむくじゃらの大男、リチャード・A・ワイスコップは、彼のまわりで忙しそうに立ち振る舞う船員たちを見つめてそう願う。


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