1 発端
鈍い振動が船全体を揺るがせる。
ついで、ドスン、ドスン。激しい揺れが二度。全船緊急警報装置が鳴りづめに鳴りだし、緊迫した空気が辺りに立ちこめる。
懸案中の論文と八時間格闘してベッドにもぐり込み、やっとの思いでレム睡眠に入りかけた惑星免疫学者の耳許で映話ベルが鳴る。
「先生ですか?」映話が言う。
やがて古びたディスプレイの真っ白い靄の中から、けむくじゃらの熊のような顔が現われる。
「睡眠中、済まないんですが」
「何があったんです?」佐伯が訊く。
「船がゲートに突入してしまったようです」熊男が答える。
しばらく考えてから佐伯が言う。
「ゲートっていうと、あのティプラーのシリンダーのことですか?」
「ご名答」
「だがそんな事故は、ここ数年のあいだ、聞いたことがない」
「だから今、起こったんでしょうね。天災は忘れたころになんとやら」
そこまでいうと、稀土類金属採鋼船〈マリー・アントワネット二世号〉の船長が途端に顔を引き締める。
「とにかく、先生もブリッジに来ていただけませんか? 他の乗組員は、みんなここに集まっているので」
「わかった、すぐに行く」
佐伯は映話を切り、素早く着替えを済ませると薄くなった髪の毛を丁寧に撫ぜつけながら小走りにブリッジへ向かう。