24 排他原理
「やれやれ、この歳になってオフロード競技に参加することになるとは思わなかったな」
佐伯はオートバイを駆り、エブリン・パーネルの待つ森へと急いでいた。
惑星調査船の二台のジープは既に格納庫から出払っていた。一台は船長たち一行が食料捜しのために利用し、そしてもう一台は、その船長たち一行を捜す目的のため、マリー・アントワネット号無線通信士のエブリン・パーネルが乗り去っていたからだ。格納庫に残されたのは、頭髪の薄くなった中年男にとても似合うとは思えない、ピカピカに光ったオートバイが一台だけだった。
「ま、昔取った杵柄だ。なんとかなるだろう」佐伯は独りごちた。
いまの佐伯の、どちらかといえば草臥れた中年太りの容貌からは想像もつかないが、彼には一応オートバイを乗りこなせるだけの技量があった。それは二十代前半、失恋の痛手から、せっかく入学が許可されたスタンフォード大学を中退し、アメリカ全土を放浪したときに身につけたもののひとつだった。
冷静になって判断すれば、日の暮れかけた午後の風は頬に快かった。オートバイを駆って野を走るという若い行為が、彼の精神を高揚させてもいた。そして、もうひとつ。悪戯な姫を救いに行く中世の騎士のようだな……、一瞬、そんな考えが脳裏を掠め、佐伯は苦笑いを浮かべた。パーネル君には、王宮の麗人役は不向きかもしれんが……。彼女には幸せな家庭の母親役の方がよく似合う。佐伯の頬に薄笑みが浮かんだ。もっとも、おれにしたところで、騎士の役など金輪際似合いはしないのだが……。
しかしそのように高揚した表面的な使命感とは裏腹に、佐伯の心は重く沈んでいた。
その理由は?
船医が苦労してマリー・アントワネット二世号を制御してレンマの惑星上の航宙写真を撮った。エブリン・パーネルが見つけたリスと木のダンスの動きのパタンを知るためにである。その写真(正確には映像)を佐伯自身が構成したレンマの論理で思考するプログラムで解析した。そして急に思いついて、そのプログラムの性格をマリー・アントワネット号の計算機に直接打診して、この変異に巻き込まれるまでの懸案事項だった自身の論文『人類を含めた地球環境の排他原理について』の現象解析に当たったのである。
(確かに答えのひとつはわかった)と佐伯は思った。(船長たちとのコンタクトという直接的な目的は、たぶん達せられるだろう。それも、考えるだに馬鹿馬鹿しい方法で……。だが、それ以上に気にくわない結論は――)
佐伯は無駄と知りつつも、己の心の中で、その考えが結実するのを拒み続けた。
おれが学者でさえなかったら、と彼は思った。異端とはいえ、おれの方法論は科学的なものだ。前提となる仮定を受け入れる限り、そこから導かれる結論が如何に己の心情と合わないものでも、それを受容するしかないと知っている。もちろん、その前提となる仮定があくまで正しいとしてのことだが……。佐伯は惑星調査用のオートバイのスロットルグリップをぐいと手前に引いた。
「おれたちは、たぶん、このレンマの惑星から逃れることはできるだろう。だが、二度と再び故郷に受け入れられることはないかもしれない」




