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21 リスたちの踊り

 佐伯の目の端で無線機の呼び出しシグナルが明滅した。やれやれ、困ったな。使い方がわからんぞ! 彼は思った。エヴリン・パーネルが急遽作成してくれた簡易無線機操作マニュアルを手許に引き寄せると、頁を繰りはじめた。

「えーと、このスイッチを切り換えてと……」

 佐伯が割込み通信用のプラグスイッチを切り換えると、すぐにパーネルのどことなく浮かれた調子の声が聞こえてきた。

「二分二十四秒」無線通信士はいった。「初めてにしては悪くない応答速度ね。もっとも前に連絡したときには、全く気がつかなかったみたいだけれど……」

 苦笑してから佐伯が答えた。

「もの憶えの悪い年寄りをからかうもんじゃないよ。ところで、わざわざ連絡してきたからには、何か見つかったんだな!」

 すると、無線通信士がきっぱりした口調で答えた。

「いいえ、船長たちの消息ということだったら、答えはノーよ」

「とすると?」

「リスたちの踊りなの」

「なんだって?」

「だから、リスたちの踊りなのよ」パーネルが答えた。「でも、こればっかりは見て貰わないことには説明のしようがないかもね」

 彼女は笑った。

 そしてつくづくと、その通りだと思った。

 いまパーネルの目の前には数万匹の、その星のリス様生物がいた。数時間前に消息を絶った船長たち一行を捜して足を踏み入れた欝蒼と茂った森の木々の間で、数万匹のそれらが軽快なステップを踏み、ダンスを踊っていたのだ。初めパーネルが見つけたリス様生物は一匹だった。そのあまりの可愛いさに後を追ってさらに森の奥深くに分けいった彼女は、そのあまりにも壮大な光景に出くわし、はっと息を飲み込んだ。そこには数知れない彼らの仲間がいた。そしてそのすべてが、確かに微妙ではあるが厳然とした秩序構造を持って木々の間を踊りまわっていたのである。その微細な動きは確かにダンスの名に値した。そして驚いたことに、そうして踊っていたのは、その星のリス様生物ばかりではなかったのである。

「森がね、森の木たちが、まるで動物のように踊っているのよ」

「………?」

 パーネルのその発言に佐伯は一瞬言葉を失った。何を馬鹿なことを、と思わず口に出かかった言葉を慌てて飲み込んだ瞬間、啓示が訪れた。そうか、もしかしたら、それは向う側からの……。

「リスたちの動きと歩調を合わせて森の木たちが踊っているのよ。間隔を広げたり、狭めたり、急ににょきっと伸びたり、縮んだり、もう、信じられないくらいに可愛いいわ!」

「パーネル君!」と佐伯は叫んだ。

 無線で伝えられた現象そのものの不気味さより、彼女の妙にはしゃいだ様子の方が気にかかった。どうしたんだろう? 船長たちに去られた淋しさから気でも触れたというのだろうか? 佐伯は思った。確かに彼女の性格は弱い。彼女のいくらかきつめの頼もしい性格が表に顕れるのは、近くに何人かの、本質的には優しい人間たちが存在するときだけに限られる。うーむ、と佐伯は唸った。だがもし、いま彼女の目の前で展開している現象が幻ではないとすると? おれがマリー・アントワネット号の大型計算機を使って向う側にやろうとしていたことと同等の働きかけの、おれたちに対する具現だとしたら? そして、その現象はいつまで続くかしれないのだ。

「危険はないのか?」

 とりあえず一時期彼女との無線連絡を絶つ決心をして、佐伯はいった。

「ええ、先生。全然平気よ」

「本当に大丈夫なんだな!」

「はい、大丈夫だと思いますわ」

 楽しげに彼女が答えた。

「じゃあ、とにかく無理をしないで、しばらくその様子を観察していてくれないかな。無線をオープンにしたままで。ぼくはこれから少しマリー・アントワネット号と話をしなければならない。それが終わったらすぐに迎えに行く」

「はい!」

「では、よろしく頼む」

 佐伯はパーネルとの無線を切った。

 次いで、いまはもう慣れた手つきで惑星周回軌道上のマリー・アントワネット二世号に無線を切り換えた。二秒後に温麗華が出た。

「あら、先生。今度は何です」

「実はあなたにとっては少々やっかいかもしれないが、頼みごとがあるんです」

 佐伯がいった。ドグ・温がディスプレイ画面から彼を見返す。

「何でしょう?」

「航空、いや航宙写真を撮って貰いたいんです」

「はあ……航宙写真、ですか?」

 船医が不安気な口調で佐伯に答えた。

「ええ、そうです。位置とか、方法とかの必要データはそちらの計算機とリンクして、私が出します。あなたにお願いしたいのは、そのデータを踏まえた船の操縦です」

「私にできるかしら……」

 ドグ・温の不安は表情にも顕われた。

「怖いわ」

「怖いのは私だって同じですよ。でも、いまそういった行動が取れるのは、あなたと私の二人しかいない。それに、いずれ船長たちが救助されたときには、必然的にあなたが船の操縦をすることになるんですよ。返ってくるシャトルの迎え入れ体勢を整えるという形で」

 佐伯のその言葉にマリー・アントワネット二世号船医はすぐに答えを返した。

「うーん、確かにそうですわね。わかりました、努力してみます」

 船医が佐伯に笑いかけた。少なくとも表面的には不安の表情は払拭されていた。

「状況を教えて下さい。それと先生がその行動を望む理由を」

 強い女だな、と佐伯は思った。芯が強いのだ。もっとも、そうでなくては落ちる一方の麻薬中毒患者から立ち直り、航宙船の船医になどなれはしまい。脳裏に化粧っ気のない、少し垂れ下がった目尻を持った娘の顔を浮かべると、佐伯は思った。その強さが、ひとかけらでもパーネル君にあれば安心なんだが……

 佐伯はいった。

「パーネル君が船長たちが消息を絶った森でリスと木のダンスを見つけたんです」

「………?」

「驚きはわかりますが、気が触れたのではないので質問は少し待って下さい」

 そして佐伯は、そのリスと木のダンスが、数時間前に船長たちが受け取った葉の裏のフラグメント同様、励起現実の住人が自分たちに向けたメッセージではないかという考えを船医に述べた。

「パタンが知りたいんです」佐伯は続けた。「それがもし本質的にレンマの論理で構成された文法に従うなら、計算機で解析することができるんですよ!」


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