19 可能性
もし惑星検疫の仮定が、ここ、励起状態の現実であるレンマの惑星上でも成立する一般的事象であるとしたならば、と佐伯は考えた。
それを武器としてメッセージを送ってきたここの住人とコミュニケートすることが可能かもしれない。
佐伯は思った。
けれどもそれは、おそらく直接人間を介したものでは駄目だろう。
というのは、おれたち人間の思考がそれまで慣れ親しんできた生活環境にどっぷりと漬かり、どう足掻いたところで、まったく異なった思考回路で考えることができなくなってしまっているからだ。
あまりにも雁字搦めな通常思考。合理を合理と考えさせてしまう形式論理。それを超えられるのは、おれたち人間の中では、長い期間充分な修業を積んだ仏教僧くらいなものだろう。
しかし、と佐伯は思った。
もしかしたら計算機でなら、そういった励起思考のシミュレーションができるかもしれない。
佐伯は組んでいた腕を解くと、二本目のお守りに火をつけた。
確かに計算機のハード部分は電気回路だ。それはブール代数と呼ばれる首尾一貫した論理を元に作動する。けれども、それに載せることのできるソフトは多種多様だ。極めてブール代数に近い機械語から、アセンブリ、アルゴル、コボル、フォートラン、リスプ、C、パスカル、ベーシックと端末入力に関しては人間の思考様式に近いものまで揃っている。どうにかしてそれを上手く利用することはできないものか?
彼は紫煙を吐き出した。惑星調査船の無線機室に甘い香りが漂った。
通常人工知能などのシミュレーションで一番問題となるのは、シミュレートしようとする対象を定量化した方程式が見つけられないことだ。だから捨象、捨象を繰り返し、その本質と思われる論理構造だけをなんとか取り出して定量化する。それゆえある場合には、確かにシミュレートしたものがシミュレートされたものと似ても似つかないものになってしまう危険性がある。
しかし、と佐伯は拳を握り締めた。
いまの場合、その方程式が逆にあるのだ。
根拠薄弱の仮定とはいえレンマの論理が存在し、対象となる現実の方が不明なのだ。
そこまで考えると、佐伯は惑星調査船の計算機を惑星周回軌道上のマリー・アントワネット二世号の大型計算機とリンクさせた。もちろんパーネルの残していってくれた無線機マニュアルと首っぴきの作業だった。数分後、計算機のリンクが完了すると、彼はキーボードに向かった。惑星検疫というかなり複雑な事象の解析を生業とする彼は、計算機ソフトの扱いに関してはそこそこの技倆を持っていたのだ。が、それが幸いするかどうかはまだわからない。
言葉をウィルス、あるいはDNAプローブのように放射しなければならない。
そうすれば――もちろん上手くいっての話だが――励起現実の環境、あるいは住人たちがそれを免疫学的手法によって捉えてくれる可能性も生じる!




