11 接触
小型調査船の中でリーザ・ペトローヴナは思った。
(フェル、待っててよ、いま行くから……)
唇を噛み締める。
(あなたを麗華さんに渡しはしないわ!)
ワイスコップたちが消えた謎の惑星は、いまやシャトル視界のほとんど全部を埋めつくしていた。
手際よく、彼女はシャトルを大気圏突入角度に調整した。機体がかすかに唸りをあげる。 ハーネスを確認してください
コックピット表示板の緑の文字が彼女に告げた。
(さあ、いよいよだわ!)
航路算定士はいわれた通りにハーネスを確認すると、ぎゅっとそれを閉め上げ、酸素マスクを調整した。反射的に、本船と連絡を取るため無線機のスイッチを入れたが、考え直すとそれを切り、その状態でロックした。
大気圏突入開始一分前
航路算定士の胸のなかでセコンドがカチカチと時を刻みはじめた。
緊張に、彼女の顔が引き締まる。
(行くわよ!)
シャトル頭部が白熱化しはじめる。グーンと加速がかかり、リーザは操縦席に押しつけられた。
そのとき――
(アナタモ、彼ラノ仲間ナノ?)
彼女の頭の中で声がいった。
「誰?」
びくんとリーザが身体を震わす。
「いま、わたしに話しかけてきたのは?」
(アナタモ、彼ラノ仲間ナノネ)
再び声がそういった。
(一体ドウヤッテ、コノ時空ニ紛レ込ンデキタノカシラ? アナタタチハGRカラ来タノデショウ。GRノ宇宙カラ……)
「あなたは、いったい誰?」リーザが叫んだ。
(帰ラナクテハイケナイ。アナタガタ本来ノ時空ヘ)と声は続けた。
それは奇妙な感覚でリーザを捉えた。
妙に中性的なのだ!
彼女は思った。
仏教の菩薩のひとつ観世音がもし口を利いたとすれば、たぶんそんな声になっただろう、と。
けれども声には、リーザの返答は聞こえなかったようだ。
そして航路算定士には、時間の余裕もなかった。
大気圏突入一〇秒前
(ア、ダメ、見失ッタワ。振動子ガ乱レテイル。何処ニイルノ? アナタト同期デキナケレバ、ワタシニハ打ツ手ガナイワ……)
「神よ、私をお守り下さい。神よ、フェルをお守り下さい。神よ、わたしの正気をお守り下さい……」
大気圏突入
その表示が表れた直後、警報装置が甲高い唸りを上げた。
「大気圏突入角度が深過ぎます。このままでは、船体破損の恐れがあります。速やかに突入角度の修正を行って下さい」
電子音声が無表情に彼女に告げる。
航路算定士が操縦桿をぐいと手前に引いた。
大気圏突入!
シャトル頭部が青白く燃えだした。
白煙が舞い上がる!
シャトル全体が大きく軋み、高周波で震える船体と同期して、リーザの顎がビリビリと震えた。
ミシッ……
船殻に亀裂が入る。
ミシ ミシ ミシッ……
耳ざわりな音を立ててその亀裂が伸び、走り、複雑に絡まり、同心円状に広がり、蜘蛛の巣を形造り、そして――
そして後には何も残らなかった。
ごおおん、という大気の振動音以外には何も……。




