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10 憑りつかれる

「船長、船長、船長……。駄目だわ、うんともすんともいってこない」

 マリー・アントワネット二世号の船内で、航路算定士が船医にいった。

「何があったのかしら?」不安そうに船医を見つめる。「もしフェルに何か起こったんだとしたら、あたし……」

「しっかりしなさいよ」ドグ・温が答えた。「ものごとは悪い方に考えるものじゃないわ」

「だって、突然信号が途絶えたのよ! 惑星探査ビームにも影さえ出ないわ! 跡形もなく消えちゃったのよ! それでどうして悪く考えるんじゃないなんてことがいえるの!」

 興奮してまくし立てる航路算定士の前に、すっくと腕を組んで立ち上がってから、船医が答えた。

「すべての連絡が途絶えたっていうわけじゃないでしょう! 先生とエブには連絡が取れるはずよ。それは、あなたがさっきの惑星探査で確認済みじゃなかったの?」

「あなたはフェルのことが心配じゃないの!」航路算定士がヒステリックに叫んだ。「わたしにはわからない。こんなに冷たいあなたを、どうしてフェルは好きになったりしたのかしら? おかしいわよ? 異常よ! 新参者のくせに! あなたがこの船に乗り込んでくる前まで、わたしとフェルは公認の仲だったのに……。船長だって認めていたわ。それを、あなたが横合いから割り込んできたおかげで、わたしは……」

 航路算定士の目の色が変わった。

「行かなくちゃ! わたし、惑星に下りる!」

「ちょっと待ってよ、リーザ。まず先生たちに連絡を取らなきゃ……」

「そんなことは、あなたがひとりでやればいいわ!」

 いうが早いか、航路算定士はメインブリッジを抜け、シャトル格納庫に向かおうとした。

「待ちなさいよ!」マリー・アントワネット二世号の船医が、リーザ・ペトローヴナの腕を掴んだ。

「あなたには、まだこの船でやらなきゃならないことがあるのよ!」

「うるさいわね! 離してよ!」

 掴まれた手を乱暴に振りほどくと、航路算定士は船医をブリッジの奥めがけて突き飛ばした。

(さよならよ! ドク・温……)

 心に呟くと、出入口ハッチを閉め、外側から免疫隔離用に取付けられたロック・キーをまわすと、一目散にシャトル格納庫に向かった。

 船医は倒れた際に床にぶつかって傷つけた左腕をさすりながら、出入口ハッチに駆け寄った。扉をドンドンと叩く。

「リーザ、開けてよ。お願いだから……」

 ハッチの外側からの答えはない。

「仕方がないわね……」

 出入口ハッチのロックを解除するスイッチがブリッジの制御卓の何処かにあることは、この船の船医である彼女も知っていた。が、不幸にして温麗華は、それがどの制御卓のどのパネル上に設えられているかを知らなかったのだ。彼女はため息をついた。扉を叩いてリーザを呼ぶのを諦めると、主制御卓に取って返した。

 ゲートオープン

 シャトル発進準備完了

 制御卓上で緑のランプが点滅し、シャトル発進の秒読みを開始した。

 二〇・一九・一八・一七……

(あなたとは、いい友だちになれると思ったんだけどね……)

 一一・一〇・九・八……

(あなたに、わたしの持っている弱さがわからないわけはないのに……)

 三・二・一・〇

(とにかく無事でいてちょうだい、リーザ。本当の喧嘩は、その後でしましょう……) 

 発進!

 船医のいるメインブリッジにも、シャトル射出の鈍い振動音が伝わってきた。

(わたしは、まっすぐなあなたを羨んでいるのよ……)

 船医の耳許で無線機がビーと鳴った。

「やあ、やっと繋がったな!」

 船医が無線通信機に顔を向けると、たちまち像を結んだ画面の中で惑星免疫学者がいった。

「こういった畑違いの機械は苦手だな。使い方が、さっぱりわからん」

「先生、ご無事でしたか?」船医がいった。

「私の方は何とかね。だが、たぶん、そちらでも気がつかれたとは思うが、船長たちとの連絡が途絶えて……」

「ええ」

 船医の声に含まれる不安に気がついたのか、画面のなかで惑星免疫学者は首をまわし、ブリッジ内を覗き込もうとした。

「そういえば、リーザさんの姿が見えないが……」

「彼女はいまシャトルで惑星に向かいました」首を左右に振ると船医が答えた。

「ミリオリーニくんを心配して?」

「ええ」と力なく船医。「でも、どうしてそれを?」

「こちらも似たような事態だったからですよ」惑星免疫学者が答えた。

「………?」

「パーネル君も、ついさっき、ジープでここを飛び出して行ったんです。私に大急ぎの無線機取り扱い集中講義を受講させてね」

「まあ」船医が独りごちた。「エブらしいわね!」

「とにかく対策を考えなくては……。無線回路はずっとオープンだったから、そちらに記録が残っているはずだ。その解析をお願いしようと思って連絡したんだが……」

「何とかやってみましょう」自信なく船医が答えた。

「ははあ、ドグ・温、どうやら、あなたも機械が苦手らしいな」

 モニタの中で微笑しながら佐伯がいった。

「ぼくの方は、上手くいくかどうかはわかりませんが、今回の事件を少し別の角度から捉えてみたいと思っています。ぼくにはどうも、ぼくたちがこの惑星に侵入してきた細菌のように感じられて仕方がないんですよ」

「それは? 先生ご専門の惑星検疫の仮定ですか?」

「いや、材料が少ないから、そこまで理論化はできないとは思いますが……」

「わかりました」と船医が首肯く。「とにかく、できるだけのことをやってみます」

 二人の間で会話が途切れた。

「ときに、これは個人的な興味なんだが……」

 しばらくしてから佐伯が訊ねた。

「聞いてもいいかな?」

「どうぞ」と船医。

「では」

 佐伯が困ったように頭をかいた。

「どうして、あなたはリーザさんと一緒にシャトルに乗らなかったんです? あなたがミリオリーニくんを思う気持ちは、リーザさんのそれと変わらないように見えるんだが?」

 一瞬、躊躇ってから船医が答えた。

「フェルにとって、わたしはお姉さんなんです。フェル自身、そのことに気がついているかどうかわからないんですけど……」

「ふうむ、どうやら悪いことを聞いたようだね」

「ねえ、先生?」

 少し顔を赤らめてから船医がいった。

「そのうち一度でいいですから、わたしを誘ってくださいませんか? わたしが自分に自信が持てるように……。先生の冷静さも見習いたいし……。もし、こんなおばあちゃんでお嫌でなかったら」

「嬉しい申し出だね」

 画面の中で惑星免疫学者が答えた。

「機会があったら、考えておくよ」優しい目で彼女を見つめる。「でもドグ・温、あなたは少し考え違いをしているようだ。もし、いまの私が冷静な態度を取っているように他人から見えるのなら、それは、この船に乗って以来の、きみたちからの贈り物なんだよ。それを忘れてもらっちゃ、困るね!」

 沈黙。

「では、また連絡する。以上だ」

 佐伯の側から無線が切れた。

 船医は消えた無線機のモニタ画面に移る自分の顔を数秒間、見るとはなしに見つめると、やがてすっくと立ち上がった。

「さあて、計算機とデータバンクのマニュアルを探さなくちゃあ!」

 齢三十二歳の金属採鉱船船医は、そう呟くと、忙しげにメインブリッジ内を物色しはじめた。


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