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9 場所の論理

「遅いじゃないか! 何をやってたんだ?」

 自分たちのいる場所に近づいてきたロイの姿を認めると、マリー・アントワネット二世号船長のリチャード・A・ワイスコップが怒鳴った。

「異常があったのか?」

「これがどういう意味だか、さっぱりわからないんですが……」

 黒人機関士は、まず本来の目的物である軟質プラスチック製の袋をカウフマンに手渡すと、仕事上の上司であるワイスコップに向き直って、いった。

「船長、この惑星は異常ですよ」

「どういう意味だ?」

 ワイスコップが怪訝な顔つきで、ロイを見つめた。ロイは無言で、さっき拾った褐色の枯れ葉を船長に差し出した。

「裏を見てください」

 いわれた通りにその葉を裏返すと、ワイスコップは、そこに文字が刻まれているのに気がついた。

 Nagarjuna

 彼は顔をしかめた。字の感じから、どうやらインド人の名前のようには思えたが、それ以上のことは皆目見当がつかなかった。彼は首を左右に振った。これは、おれの範疇じゃない。少なくとも、一介の金属採鉱船船長ごときが持っている知識ではなさそうだ。そこで彼は、自分の足元で巨大なオノユリを慎重に袋に収納している、マリー・アントワネット二世号の科学班長に声をかけた。

「カウフマン、きみならこれがわかるか?」

 ワイスコップはその場にしゃがみ込むと、科学班長に葉を差し出した。カウフマンはそれを一瞥すると、すばやく現在進行中の作業をし終え、収納にぬかりのないことを二度確認してから、葉を手に取った。

「何か書いてありますね」

 彼はいった。

 The Logic of Place(場所の論理)と記されていた。

「………?」

 カウフマンは首を捻った。

 どこかで聞いたことがある言葉だ。だが、それは何処だったのだろう?

 彼は、遠い記憶を懸命に手繰り寄せようとした。

「どうだ、何か気がついたか?」とワイスコップが尋ねる。「きみにわからないとすると、お手上げだからな」

「一体そいつは何なんです、船長?」フェルナンド・ミリオリーニが口を挾んだ。「おい、ジョン。おれにもそいつを見せてくれよ!」

 言葉は粗野だったが、ミリオリーニは細心の注意を払って、科学班長の手から謎の葉っぱを受け取った。

 Logos and Lemma (「ロゴス」と「見出し語」)

 なんだこりゃ? 一体どういう戯言なんだ?

 残りの三人の奇妙な反応に、ロイが不安を覚えた。

「みんな、どうしちまったんです?」

 三人の顔をそれぞれ見まわす。

「そりゃ、あたりまえの葉っぱに字が書いてあるのは確かに異常ですけどね。でも、わくわくしたが、そんなに大変なことなんですかね? ただのわくわくした(E・x・c・i・t・e・d)が……」

「興奮した(Excited)だって?」ワイスコップが叫んだ。

 おそらく急に事態を悟ったのだろう、彼の顔色が突然変わった。

「フェル、その葉を見せてみろ!」

 彼は一等航宙士の手から荒々しく謎の葉を奪った。文字を読む。

 State

 国家? 州? 状態? 地位?

 違う!

 こいつは、ついいましがた、おれが見たものじゃない!

 ワイスコップはカウフマンを振り返った。

「きみが見たこいつには、なんて書いてあったんだ?」

 科学班長はわけがわからないといった面持ちで答えた。

「The Logic of Place(場所の論理)ですが……」

「じゃあ、いまきみにはこれが何と読める?」

 ワイスコップが科学班長の目の前に葉を差し出した。

「どうだ!」

 カウフマンがそれを見た。

 Tetra Lemma (四つの補助定理)? 

「船長!」

「フェル、きみはどうだ!」ワイスコップが叫んだ。

 Excited

 励起した? 

「船長、今度は励起した(Excited)と読めます!」一等航宙士が答えた。

「そうだろう! おれが見たのもその文字なんだ」

 ロイがいい、ミリオリーニの指先の葉を覗きこんだ。

 が、彼の目に飛び込んできた文字は……

 Rearity

 現実、だって?

「船長、一体こいつは?」

「おれにもわからん?」ワイスコップが不機嫌な調子の声で答えた。「『網なくして淵にのぞむな』の喩えだな」

「何ですか、それは?」面食らったように、ロイが尋ねる。

「準備を怠れば何も得られないってことだよ」ミリオリーニが答えた。

「そういうことだ」とワイスコップ。「おれたちはこの惑星について、まだあまりにも知らなさすぎるんだ」

 彼がその言葉をいい終わるか、終わらないかのうちに、

 ボッ!

 一等航宙士の手の中で葉が燃えはじめた。

「あちちち……」

 ミリオリーニは叫ぶと葉を投げ出した。

 それは一瞬のうちに燃え尽き、後に灰さえ残さなかった。

 一等航宙士はその間もずっと痙攣に襲われたかのように、火傷した右手を前後に振っていた。

 ついでその場に居合わせた全員の耳に、金属性の音が聞こえてきた。

 初めは弱く、そして段々と強く。

 ワイスコップ、ミリオリーニ、カウフマン、ロイ・メルの四人が、両手で耳を押さえる。

 すると彼らの眼前で森が周囲の空気とともに大きく震え、そして突然、消失した。


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