鈴の音
――季節は冬
地方のとある豪雪地帯での話。
昔から伝わる決まりがあった。
今では言い伝えの様な、都市伝説の様な単なる話だ。
外が白なら、鈴の音が聴こえたら決して戸窓を開けてはならぬ。白に解け消えてしまうから。
山間の豪雪地帯に住むA子は、冬休みでも家に籠りきりだった。
外に出るときと言えば、雪かきか近所の商店へ買い物に行く程度で、あとは暖かな部屋で炬燵に潜りTVを見る生活を送っていた。
父は仕事へ、祖父母と母は町内会の集まりへ出かけ家に一人。お正月特番も終わり面白味のないワイドショーを流し観ていた。
このままお昼寝でもし始めたかったが、出掛けていった母に今日届く予定の荷物の受け取りを頼まれている。
寝過ごしては母に怒られてしまうので、段々と重くなる瞼に頑張って耐える。
外の小降りだった雪もやみ、雲間から日が射し始める。
陽光に照らされる銀世界はとても眩しかった。
少し眠気が去った時、
――リィィン
鈴の音が聴こえた。
音は少し遠くから聴こえるだろうか、聞き逃すほど小さくはないが大きくもない。
鈴の音は止まることなく響き続けている。
村の子供が鳴らしているのか。しかし聴こえるのは鈴ばかり、子供の声は聴こえなかった。
十分程度の番組のコーナーが終わっても鈴の音がやむ気配がない。
炬燵に潜ったまま窓の外を覗くが、誰も見えない。
さすがにイラついてきたA子は、暖かい炬燵から抜け出し原因を探ろうと、一階よりも見渡しのよい二階の自室へと向かう。
原因が大人なら苦言を言うことは出来ないだろうが、子供なら一言注意してから家の前で遊んでやってもいいな。
そう考えながら自室の窓から外を眺め見た。
いまだに続く鈴の音は先ほどより大きくなっていた。
鳴らしている人物が近づいてきたのだろか。
しかし外を見るが人影は見当たらなかった。
反対側だろうか?部屋を出て廊下の窓からまた外を見る。
しかし、こちら側からも人影は見当たらなかった。
段々と気味が悪くなってきた。
窓を開け音の方向を探ろうかと鍵に手をかけ、ふと止まる。
祖母によく言い聞かされた言い伝えを思い出したのだ。
≪外が白いとき、鈴の音が聴こえたら戸窓を開けてはいけないよ≫
単なる言い伝え。
昔からある教訓みたいなものだろう。それか子供を怖がらせる昔話みたいな。
自分に言い聞かせるように考えるが体は震え始める。怖いわけじゃない、ただ寒いだけ。
しかし、その震えは明らかに後者の要因によるものだった。
A子は考える。
窓を開けたって何て事ない。でも不審者だったら?現に鈴の音は鳴り続けている。
母に電話しようか、でもスマホは一階に置いてきた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
パニックになり始めたA子はしゃがみこむ。
窓の外を見るのも、もしかしたら見られているのかも。
力の入らない体と、その体を隠すように更に縮みこむ。
何分ほどそうしていたか、あまり長い時間ではないと思う。
ごちゃごちゃの頭で色々考えていたら、鈴の音が止んでいる事に気がついた。
二、三分注意深く耳を澄ませるがやはり鈴の音は聴こえなくなっていた。
凝り固まった体から力がぬけ深く息を吐いた。
一体何だったのだ。疑問は消えなかったが、落ち着いてきた頭で次の行動を考える。
やはり不審者?でも雪を踏む音は聴こえなかったと思う。
ならば風の音で鈴の様に聴こえていたのか。
それか実は耳鳴りとか?
真相は全く分からず、しかし気味の悪さは何となく残っていた。
母に早く帰ってきてと電話しよう。
そう思い、気持ち慎重になりながら一階へと降りていく。
居間へ戻り手にしたスマホで母へ電話する。
電話に出た母はまだかかりそうと言うが、体調が悪いと渋れば戻ってきてくれると言った。
一安心し、また一息吐く。
また鈴の音が聴こえてくのが怖くてTVの音量を上げ、炬燵に潜り込もうとしたらチャイムが鳴った。
ビクリと方を震わせが、宅配の受け取りを頼まれていたのを思い出した。
この村の配送担当の、知らぬ人でもない宅配業者の人に心が軽くなる。
今いきます。とちょっ上ずってしまった声をかけ、玄関を開けたとき――
チャイムが再び鳴った。
その日の新聞欄には小さく、とある山間の村で一人の未成年が行方不明になったと記されていた。
『玄関は開けられたまま、内と外の境界に靴だけが残り未成年の姿が消えていた。
雪の積もった外には足跡など他の痕跡はなく、消える直前には母親に電話をしていた事が分かっている。
家出の線が低いことから事件として捜査を進めるが、手がかりがなく捜査は難航している。
村では昔からの言い伝えがあり、事件との関係性があるのか、警察は情報提供を呼び掛けている。
新聞より抜粋――』