推理小説家の税金対策~温泉旅館編~
「税金って、こんなかかんの…?」
小説家デビューして約10年。やっと俺は、「人気推理小説家」と呼ばれるポジションにまで辿り着いた。が、それとは引き換えに、そこそこ税金がかかるようになった。嬉しい悲鳴ではあるのだが、正直言うと、何とか対策を取りたい。
もちろん、セコい手を使うつもりは毛頭ない。そんなことが世にバレてしまったら、コツコツと積み上げてきた俺の信頼が、一瞬で崩れ落ちてしまう。
そこで俺は、「温泉旅館に行ったら殺人事件に出くわした」という設定で小説を書き始めた。そして、「この話をリアルに書くために温泉旅館に行くのは、経費で落とせないか」と税理士に相談を持ちかけた。
案の定、税理士は首を横に振ったが、どうしても俺は、経費で温泉旅館に行きたいのだ。どう見たって遊びでしかない旅行であっても、小説を執筆するのだから経費だろう。俺は、どうしても税金を多く払いたくない。もっと稼いでいれば問題ないのだが、中途半端な俺のポジションだと、「税金の方が高い」と思ってしまうのだ。
だったらもっと稼げよ、という声が聞こえてきそうだが、小説家という職業を舐めないでくれ、と言いたい。いくら自分が「最高傑作だ」と思っても、編集者が頷かなければ元も子もない。時代の流行廃りもあるし、他の作家が自分と似たような内容やタイトルで先に作品を出してしまうと…その先は想像したくもない。
やっとここまで来た。このまま、いいポジションを守りたい。そして1年でも長く、「人気推理小説家」だと言われたい。そんな欲は、誰だってあるはずだ。
「えぇい、もう行っちゃえ!」
悩んでいても時間が過ぎるだけだ。税理士に相談したところで、どうせ良い返事はないのだから。よし、温泉旅館を調べよう。
調べ始めると、かなり時間を費やしていた。どこも高いが、どうせ経費で落とすのだから構わない。俺は人気推理小説家だ。この作品でまたヒットを出し、稼いでしまえばこっちのもんさ。
「ここにしよう!」
ピンと来た旅館を予約してから、俺は眠りに就いた。
数日後、出版社から電話があった。
「明日、よろしくお願いします!」
「ん?明日?」
「は?先生、明日の対談、お忘れですか?」
聞いて思い出した。出版社と作家の対談で、大手の雑誌に掲載されるやつだ。
まずい。明日は例の温泉旅館を予約している。キャンセル料は100パーセント…
「…先生?おーい、聞いてますかー?」