表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/101

ずっとずっと、願ってた ◆ルーナ

 初めは、単なる気まぐれだった。


 けれどふと、気づいてしまったのだ。これって実は、ものすごく良い思いつきなんじゃないかしら?と。

 わたくしはもう有頂天になって、自分で自分を褒めてあげたくなった。


 そう、異世界から『月の巫女』に相応しき娘を見つけてくるのだ。

 いつもほどには容姿にこだわらずとも構わないから、とにかく温厚でしとやかで、心根の優しい娘を探してこよう。緋の王子の傷つき冷えきった心に、そっと寄り添って温めてくれるような誰かを――……


「ぷうぅ?」


「ふふっ。もちろん娘が帰りたいと願えば帰してあげるわよ。でもね、恋なんて突然落ちるものなのよ、そうでしょう? 緋の王子と出会って結ばれて、ずっとこの世界で暮らすことを望むかもしれないじゃない?」


 きっと異世界の娘ならば、くだらない偏見になど囚われないはずだ。緋の瞳が不吉だなどというのは、あくまでこの世界だけの迷信なのだから。


「うん、我ながら名案だわ! そうと決まれば早速行ってくるわね、わたくしの可愛いシーナ・ルーたちよ!」


 ……けれど、張り切ってたどり着いた異世界で、わたくしはすっかり打ちのめされてしまった。


 なんなの、この理解不能な生き物たちは?

 それに緑なんてほとんどない、このやかましくて無機質な町並み! 眺めているだけでぞっとするわ。


 わたくしは早々に匙を投げて帰還することにした。ぶつぶつ文句をこぼしながら、最初に道を繋げた山へと戻る。



 ――そうして、わたくしは出会ったのだ。



「……あらまあ、どうしましょ? この子を元の世界に戻したら、その瞬間に谷底に落ちて死んでしまうわ」


 山から滑落して死にかけていた、異世界の娘。

 わたくしが怪我を癒やしてあげたから、今はつやつやと血色の良い顔をして眠っている。容姿は十人並、といったところかしら。


 困り果てたわたくしは、仕方なく娘を自分の世界に連れ帰ることにした。

 自分が月の巫女を探しに来た事実なんて、その時のわたくしからはすっぱり抜け落ちていたのだ。


「でも、さすがに『帰らずの森』に放置するわけにはいかないわよね。王都の入口にでもそっと置いてきて――……えっ!? ど、どうしたのっ!?」


 不意に、気を失っていた娘が喉を掻きむしって苦しみ出した。

 わたくしは慌てて彼女の額に手をかざし、そうして知る。なんてこと。この子、魔素への耐性が全くないのだわ!


「ど、どうし……いえ、迷っている時間はないわ!――異世界の娘よ、己の殻を破りなさい! この世界に順応するため、新たな姿を手に入れるのよ!」


 娘の姿が光に包まれる。よしよし、これで救命成功……ね……?


「……え?」


 わたくしはパチパチと瞬きした。

 一瞬見間違いかと目をこすり、そうして深呼吸してもう一度娘を見下ろす。……うん、全っ然見間違いじゃなかったわね。


 さっきまで人間だったその子は、真っ白なお腹をふくふくと上下させて眠っていた。

 なんとも幸福そうなお間抜け顔。わたくしの大好きなシーナ・ルー。


「あらまあ〜……あらあら。……どうしましょ?」


 参ったわ。

 これじゃあ王都に放置するわけにいかないじゃない。悪い人間に売り飛ばされでもしたら大変だもの。


「ええ〜、そんなことってあるぅ……? とにかくまずは、この子に魔法をかけて、と」


 ひとまず言語がわかるようにしてあげましょう。

 それからそれから、この子の身柄は月の聖堂に預ければ大丈夫よね? うん、というよりそれしかないわ。


「よし、完璧ね。それじゃあ――……あら?」


 ――緋の王子の、気配がする。


 わたくしは眉根を寄せて神経を研ぎ澄ませ、それからはたと気がついた。そうよ、この子を月の巫女にすればいいんじゃない!? そして緋の王子と引き合わせ……たところで、もふもふ毛玉状態で恋が始まるかどうかはわからないけれど!


(いいえ、とにかく試すだけ試してみましょう! 緋の王子の通りかかりそうな場所に、この子をそっと置いて、と)


 そこまでが限界だった。


 異世界と道を繋げ、そして異世界人である娘をこちらに連れてきた。怪我も癒やしてあげたし、呪いもかけた。言葉までわかるようにしてあげた。


「も、もう駄目……。あとは、頼んだ、わよ……。緋の、王子……」


 かつての、前世のあなたが愛したあの子のことを。

 どうか、どうか護ってあげて――……



 結果的に、この試みは大層うまくいった。


 シーナはとっても明るくて可愛らしい子で、わたくしは己の選択に鼻高々だった。シーナ・ルーたちも早々に彼女に懐いたし。


(もし、シーナが緋の王子と結ばれないとしても……)


 わたくしはうきうきと考える。


 シーナを任せるに相応しい殿方を、このわたくしが直々に見つけてあげましょう。

 それともシーナは肉体を捨て、魂だけ天上世界で暮らすことを望むかしら? いいえ駄目よ、だってわたくしはあの子に生きていてほしいのだもの。


 そっと人間界を盗み見る。

 小さなシーナ・ルーは、ベッドで緋の王子に抱き締められて眠っていた。緋の王子はこれまでにないほど穏やかな表情で、愛おしげにシーナを見守っている。


「…………」


 温めている。

 緋の王子の傷つき冷えきった心に、そっと寄り添って温めているわ……!


(やっぱり、わたくしの直感は正しかったのよ!)


 こうなったら、先走らずに二人のことを見守りましょう。

 緋の王子の側近騎士も、あの褒め上手な神官も、どちらもシーナを任せるに足ると思っていたけれど、そちらに関しては保留だわ。


 シーナを勝ち取りたければ、しっかり努力するのよ緋の王子!



 やがて待ちわびた日が訪れて、シーナは緊張しながらも数百年ぶりの儀式に臨んだ。

 誰もが目を離せなくなる、つたないながらも不思議な魅力を持った舞。くるくると変わる愛らしい表情。


 大役を終えた彼女が望んだのは、自分ではなく緋の王子の幸福だった。


 そして、緋の王子が望んだのは――……



「――ああ、本当に長かったわ……!」


 今度こそ絶対に、しあわせになってほしいと願っていた。

 前世の縁からついつい肩入れしすぎて、神にあるまじき依怙(えこ)贔屓(ひいき)までしてしまったけれど。


 抱き締め合う二人に胸がいっぱいになり、わたくしは彼らの上にこれでもかと祝福の光を降らせた。シーナ・ルーたちも大喜びで、わたくしの周りを駆け回る。


 はにかむシーナに、わたくしはそっと心の中で語り掛けた。


「本当にありがとう、シーナ……。太陽のように明るく優しい、命あるわたくしの友人よ……」

残り2話。

今夜(20時前後)と明日の朝に投稿して完結ですm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ