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90.満月の下で

 ――なっ……!?


 ――に、人間になった!?



「皆様、どうぞ静粛に!」


 パニックになって騒然とする周囲を、キースさんが手を上げて静めてくれた。威圧感たっぷりに人々を見回し、重々しく告げる。


「それではこれより、月の女神ルーナ様に天上の奇跡(キセキ)を乞い願います。――さあ、楽の音を!」


 キースさんの言葉に、楽器を手にした神官たちがはっと顔つきを変えた。すぐさま落ち着きを取り戻し、おのおのの楽器を構える。

 優美な形の横笛に、片手で抱えられる程度の小さな太鼓、琵琶や琴に似た弦楽器まである。彼らは真剣な眼差しで頷き合い、呼吸を合わせた。



 ――ポロン……



 弦が弾かれ、澄んだ音が夜に響き渡る。

 すぐに笛や太鼓も合わさって、ゆったりとした優しい調べを奏で始めた。


(さあ、行くよ……!)


 私はすうっと両手を天にかざし、軽やかに舞い踊る。

 金の腕輪がしゃらしゃらと微かに音を立て、神官たちの音楽を引き立てる。


 舞の装束は、どこか日本の巫女服に似たデザインだった。

 上に羽織る真っ白な衣は、下の腕が透けて見えるほど袖が薄手で、重さなんて少しも感じられない。鮮やかな緋の(はかま)は、まさにヴィクターの瞳の色そのものだった。


 天上世界でこの衣装をルーナさんから見せられた時、驚く私にルーナさんはいたずらが成功した子どものように喜んだ。


『すごいでしょう、シーナの記憶から巫女のイメージを読み取ったのよ。でもわたくしの好みとは違っていたから、少しだけ手を加えさせてもらったの。シーナの故郷と、こちらの世界の融合よ。とっても素敵だと思わない?』


(……ええ。確かに素敵、なんですけどねっ)


 懸命に舞いつつ、私はくっと涙を呑む。


 ルーナさんの好みを優先した結果だろうか、袴はひらひらしたスカートのように薄くて頼りない。風でめくれやしないかとひやひやしてしまう。


 聴衆も同じことを思ったのか、固唾を呑んで私を見守っている。ヴィクターの顔がやけに険しい気がするのは……単に気のせいだよね?


「……わっ!?」


 地上から悲鳴が上がった。

 ひらひらスカートの裾を踏んづけて、危うく転んでしまうところだったのだ。うん、でも大丈夫。なんとか踏みとどまったからね!


 何事もなかったかのように舞を再開する私に、聴衆たちは「ふーっ」と一斉に安堵の息を吐く。


 頭の中で、ルーナさんがころころと楽しげな笑い声を立てた。


『うふふ。さすがはシーナね、面白すぎるわぁ〜。いつもの儀式だったら、人間たちはうっとりして舞に見入るばかりなのに』


(すみませんねぇ。今日は緊張感に満ち満ちて、みんな手に汗握って見張ってくれてますよっ)


 やけくそで舞う私に、ルーナさんは『笑顔、笑顔』とアドバイスをくれる。


『明るく可愛く、それがシーナだものね。――さあ、それじゃあそろそろ浄化を開始するわよっ!』


 途端に、ピン、と空気が張り詰めた気がした。


 楽の音が遠くなり、世界がぐんぐん色を失っていく。モノクロに変わってしまった景色の中で、私の足元から生まれ出たのは黄金の光。ほんのりとやわらかな、優しい輝き。


(……月、みたい……)


 ぽつぽつ、ふわふわ。


 後から後から湧き出して、光は私の周りを踊るように囲んでいく。トン、と地を蹴って跳ねれば、光も一緒になって宙を舞った。


『――さあ、シーナ。全身全霊で祈りなさい! この世の全てに、浄化の光を届けるの!』


 ルーナさんに言われるがまま、心の奥底から叫びを上げる。


(どうか、届いて! 世界の隅々まで、魔素を浄化するの!)


 あの子の願い。魔法のない世界。

 そして、私の願いも――……


(ヴィクターや、騎士団のみんなが傷つかなくていい世界! 魔獣に脅かされることのない世界を、どうか私たちに与えてください!!)


 おお、というどよめきが沸き起こる。


 光の粒が大きく膨らみ、弾けては夜に溶けるように消えていく。消えた光は、世界の果てまで沁みわたる。

 教えられずとも、なぜか私にははっきりとわかった。浮かんだ涙で視界がにじむ。


 急速に音と色を取り戻していく世界の中で、私はただぎゅっと己の体を抱き締めた。


(ルーナ、さん……!)


『ええ。よくやってくれたわ、シーナ。浄化は大成功よ!』


 息を弾ませ、壇上に立ち尽くす。

 涙がぽろりと頬をつたい、ごしごし乱暴にぬぐって地上を見渡した。


 光の奇跡(キセキ)に愕然とする王族たち、儀式の成功を確信して満足気な神官たち。

 唇を震わせながらも微笑みかけてくれるキースさんに、「お疲れ!」と親指を立ててねぎらってくれるカイルさん。



 そして――……



(……ヴィクター!)


 ヴィクターはまっすぐに私を見つめてくれていた。

 その瞳から揺るぎない信頼を感じ取って、心の底から喜びがあふれてくる。自然と笑みがこぼれ、私はそっと胸に手を当てた。


(……ねえ、ルーナさん)


『なあに?』


 呼びかければ、ルーナさんがすぐさま反応してくれる。

 私は深呼吸をして、ゆっくりと彼女に問いかけた。


(最初の約束を、覚えていますか? 私、あなたにこう宣言しました。月の巫女を引き受けて、この世界で絶対にしあわせになってみせる、って)


 そして、こうも言った。

 ルーナさんの威光を笠に着まくってやる!と。


『うふふ、もちろん覚えているわ。わたくしからの答えもあの時と変わらなくってよ。――シーナ。あなたになら、好きなようにわたくしの名を利用することを許してあげる』


(ありがとう、ございます……!)


 弾むようにお礼を言って、心を決める。

 地上から私を見守るヴィクターに手を差し伸べ、凛と声を張り上げた。


「――緋の王子、ヴィクター。こちらへ」

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