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85.命を燃やして

『……どれだけ後悔したところで、もう遅い。外の人々は魔法という絶対的な力を知ってしまった。知ったからには、追い求めずにはいられなくなる。そう、あいつの……ヴァレリーの、ように』


 少年が苦しげに声をしぼり出す。

 ルーナさんは身じろぎひとつせず聞き入っていた。ただ()いだ瞳で少年を見つめる。


 少年もじっとルーナさんを見返した。

 唇を震わせ胸を押さえながらも、決然と背筋を伸ばす。


『俺は、最後の森の民として責任を取らねばならない。魔法の技術も記憶も何もかも、俺の命と共に連れてゆく。そして死後にこの身が悪用されぬよう、俺に宿る魔素を欠片たりとも残さず消し去ってほしい。……これが、俺の願いの全てだ』


『……ええ』


 長いこと黙り込んでいたルーナさんが、ようやく言葉を発した。

 少年にしっかりと頷きかけ、ドレスを払って立ち上がる。


『ようく、わかったわ。月の女神ルーナの名において、あなたの願いを聞き届けましょう。――さあ、お仕事よ! わたくしの可愛い聖獣ルーたち!』


 パンパンと高らかに手を叩く。

 礼拝堂を静かに飛んでいた光が、突然弧を描いて踊り出す。大きく膨らんできらっと弾け、光の中からシーナちゃんが現れた。


『ぽええ〜!』

『ぱぇあ〜!』


 ぽふぽふと空中に出現し、後から後から落ちてくる。私は慌ててシーナちゃんたちに駆け寄った。


『ぱうぅ〜!』


(みんなっ!)


『! ぽえっ、ぽぇあぁ〜!』


 わあっと一斉に群がられ、もみくちゃにされてしまう。心配してたんだよ、どこに行っていたの。そんな優しい気持ちが伝わってきて、私も泣きそうになりながら彼らに抱き着いた。


『ふふっ、再会を喜び合うのは後にしなさいな。この子の魔素はあまりに強大だわ。吸収したところで微々たるものでしょうけど、あなたたちも力を合わせて頑張ってみて』


『ぽえっ!!』


 凛々しく返事をして、少年を全員で取り囲む。少年が絶句してシーナちゃん軍団を見下ろした。


『な……、え……?』


『可愛いでしょう。ねえ、知っていて? 可愛さって足し算じゃなくて掛け算なのよ。これだけいたら、もはや可愛さの限界突破よね』


『いや……、うん。かわ、いいな。すごく……』


 茫然と呟き、頬をゆるめる。

 手当たり次第にシーナちゃん軍団を撫で、最後にひょいと私を抱き上げた。


 びっくりして目を丸くする私に、『お前は、ここだ』とにやっと笑う。肩に載せて頬ずりすると、まっすぐにルーナさんを見上げた。


『俺は、何をすればいい?』


『魔素をどんどん魔力に変換してちょうだい。そうして、心の中で強く願うの。わたくしはあくまで力を貸すだけ。実際に魔法の舵を取るのはあなたなのよ』


 そう言って、ルーナさんは少年の手を握って立たせた。

 二人は手を繋いだまま向かい合い、大きく頷き合う。刹那、ぱあっと光が弾けた。


 目も開けていられないぐらいの輝きが二人を包み込む。


『――さあ、心の奥底から叫ぶのよ! あなたの願いを、世界の()るべき姿を!!』


『……っ』


『もっと、もっとよ! あなたの渇望はたったその程度なの!? 魔力も全然足りないわ、全身全霊で命を燃やし尽くしなさい! 思いを力に変えて、最後の輝きを放つのよ!!』


 ルーナさんの長い髪が光り輝き、まるで意思を持ったように波うっている。

 少年は苦しげに眉根を寄せ、それでも一心に祈り続ける。私も彼の肩につかまって、必死になって魔素を吸収した。


 礼拝堂の高い天井まで届くほど、魔素の炎がめらめらと立ち昇る。

 まるで本当に燃えているようだった。息もできないほどに濃密なひととき。


 それでも時間にしたら、それほど長くは経っていなかったのかもしれない。

 始まった時と同じように、終わりも唐突に訪れた。あれほど眩しかった光が、しぼむようにして消えていく。


『ぅ、……っ』


 少年がガクリと膝を折る。

 はっとして彼を見ると、真っ赤だったはずの髪がすっかり色を失くしていた。まるで鍛え込まれた鋼のような、不思議な色――……


(……あ……)


 ヴィクターと、同じ?


 息を呑んだ瞬間、少年がゆっくりと床に倒れ伏した。私も床に転がり落ち、すぐさま起き上がって彼にすがりつく。


『ぱ、うっ。ぱうぅ〜!』


『けだ、ま……』


 撫でようとしてくれたようだが、少年の手は力なく床を掻くだけだった。それで私が代わりに彼の手の下に潜り込む。


 指に毛並みをこすりつけた。すりすりと頬を寄せ、少年に甘える。大丈夫、大丈夫だよ。ちゃんと私はここにいるからね。


 苦しげだった少年の顔がやわらいだ。

 口元にはしあわせそうな笑みも浮かぶ。


『……魔法は、成功したわ』


 ルーナさんも肩で息をしていた。

 崩れ落ちるように座り込み、『けれど……』と声をしぼり出す。


『ごめんなさい。あなたの魔素は、使いきることが叶わなかった』


『ならば……、俺の屍は、灰になるまで燃やし尽くしてくれ……』


 かすれ声で呟く彼に、ルーナさんは小さく首を振る。


『いいえ、その必要はないわ。魔素は死体には宿らない。あなたの命が尽きると同時に消えてしまうことでしょう』


『そう、か……。よかった……』


『……けれど、それは今生での話。これほどの魔素ですもの、おそらくあなたは――』


 ――生まれ変わってもまた、その身に魔素を宿すことになる。


 一切の表情を消したルーナさんが、非情に宣告した。


 うとうとと眠りかけていた少年は、愕然として目を見開く。髪と違って少しも色あせていない、ヴィクターと同じ緋色の瞳。


 声もなく見入っていると、少年は動けない体でもがき、必死で起き上がろうとした。


『ぱ、ぱえっ!?』


『冗談じゃ、ない……。また、俺は、災厄の種となるのか……っ。生きているだけで、周りに不幸を呼んでしまうのか……!』


 黙って己を見下ろすルーナさんを、少年はほとばしるような怒りを込めて睨みつける。


『ならば俺は、絶対に生まれ変わったりなどしない! 輪廻の輪になど、誰が乗ってやるものかっ。俺は、ここで終わる。墓も名も、何ひとつこの世に残しはしない。森の民の魔法と同じに、ただ消えてゆく……!』


『……そう』


 ぽつりとルーナさんが呟いた。

 少年の手の下から私をつまみ上げ、ぽんと彼の近くに移動させる。少年の視線が私を追った。


『わかったわ。魔素をすべて使い切る、という願いを叶えきれなかったのはわたくしだもの。本当にごめんなさい』


 噛み締めるように謝るルーナさんに、少年は途端におろおろと目を泳がせる。


『い、いや。俺の方が、悪いんだ。八つ当たり、だった……』


『ふふっ、いいのよ。後はもうゆっくりお休みなさいな。わたくしたちが見送ってあげてよ』


 横座りしたルーナさんは、少年の頭を膝に載せた。

 少年はぎょっとして起き上がろうとしたが、ルーナさんがそうはさせじと少年を押さえ込む。手招きでシーナちゃん軍団を呼び寄せた。


『ほら、あなたたちも囲んで囲んで。しっかり暖めてあげるのよ。子守唄も歌うといいわ』


『ぱぇっぽぉ〜!』


 もふもふと少年に群がり、寄りかかる。ぱえぱえ賑やかに歌うシーナちゃんを見て、少年は目を細めた。


 ひとり黙念と立ち尽くす私に気づき、困ったみたいに笑いかける。


『毛玉。お前は、歌ってくれないのか?』


『! ぱ、ぱぇ。ぱぇ、っぽ……』


 歌おうとしたのに、息が詰まって声が出ない。

 ふるふる首を横に振って、少年の胸によじ登る。


『ぱぇ……っ、ぱう、ぅ……っ』


『……ごめん。お前を、悲しませたくはなかったのに。それなのに、悲しんでくれて嬉しい、とも思ってしまう……』


 よろよろと手を持ち上げ、私をきつく抱き締めた。


『……墓はいらない、と言っていたけれど』


 黙って私たちを見守っていたルーナさんが、不意に口を開く。


『人間界ではなく、わたくしたちの天上世界に墓標を立てるのはどうかしら。そうすれば、この小さな聖獣ルーの心も癒やされると思うのよ。ね?』


 少年が虚を突かれたように瞬きした。

 問うように私を見つめるので、私は必死になって何度も頷く。


 それでも迷う少年に、ルーナさんが思いっきり顔をしかめてみせた。


『ひどいわ、わたくしの可愛いルーが傷ついてもいいって言うの? ほら、あきらめて名前を教えなさい! 墓標に必要なんだから』


『う……っ』


『ほらほら、早くぅ。ねっ、ルーたちも!』


『ぱぇあ〜!!』


 全員で一斉に唱和すると、少年はとうとう観念したようだった。


『わかった、教える。俺の、名は――……』


 ルーナさんの膝に頭を預けたまま、ルーナさんとシーナちゃん軍団を順繰りに見回す。


 最後に私に視線を止めて、少年はふわりと穏やかに微笑んだ。


『――シーナ。俺の名は、シーナだ』

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