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70.どうか離れないで

「シーナちゃん、大丈夫? なんだかすっごく眠そうだけど」


「ぽぇ……」


 カイルさんが心配そうに私を覗き込み、私も力なくしっぽを振り返した。おっしゃる通り、寝不足なんです。


 不思議な夢を見てから数日。

 あれから眠りにつくたびに、気づけば私はあの冷え切った廊下の真ん中にぽつんと突っ立っている。寒さに耐えきれず歩き出し、鉄格子の牢屋にたどり着くのも毎回のこと。


 そう、つまり私は同じ夢を繰り返し見ているのだ。


「……毎晩うなされて、熟睡できていないようだ」


 ヴィクターも難しい顔をしている。

 うつらうつらする私を抱き上げ、膝の上に座らせた。支えてくれるヴィクターの手に頬を寄せる。


「ぱうぅ……」


「舞の練習を頑張りすぎたせいで、疲れちゃったのかな。何にせよ、人間に戻るのはもうしばらく休んだ方がよさそうだね」


 カイルさんが手を伸ばし、私のおでこをくすぐった。その申し出に、私はありがたく頷かせてもらう。


(天上世界での指導は終わっちゃったから、本当は月が出る限り毎日自主練すべきなんだけど……)


 あの夢を初めて見た日以降、私は一度も人間に戻っていない。

 元気のない私を心配して、ヴィクターがカイルさんとキースさんにストップをかけてくれたのだ。「風邪でしょうか!?」とひとりで騒ぎまくるキースさんを、ヴィクターは絶対零度のひと睨みで黙らせた。


(……あれ? そういえば……)


「そういや、最近キースも来ないよねぇ。シーナちゃんが体調崩してるから遠慮してるのかな?」


 ちょうど私と同じ疑問を抱いたのか、カイルさんが不思議そうに首をひねった。途端にヴィクターが顔をしかめる。


「あの阿呆にそんな気遣いができるはずなかろう」


「うーん、否定できない」


 カイルさんが苦笑した。


 まあ確かに、キースさんなら訪問を控えるというよりは、むしろ来る回数を増やしそうなものだ。きっとありとあらゆる美味しくて素敵な差し入れを持って、甲斐甲斐しく私の世話を焼こうとしてくれるに違いない。


 ……にも関わらず、一切顔も見せてくれないということは。


(はっ!? もしやキースさんてば、もうシーナちゃんに飽きちゃったとか!?)


 嘘でしょ、シーナちゃんてばこんなに可愛くてもふもふなのに!

 やっぱあれか、その正体が平凡で顔の薄い日本人だからなのか。そこはごめん、本当に申し訳ないと思ってるんだよ!


「何を百面相している」


 ヴィクターからぶひっと鼻を押された。何すんじゃい。


「ぷぷぷぷぅ〜」


「……キースならば、単に忙しいだけだろう。ああ見えてあの男は月の聖堂の(かなめ)だからな」


 え?

 そなの?


 目を丸くする私に、カイルさんがいたずらっぽく笑いかける。


「普段のキースを知ってると驚くだろうけどさ、実はそうなんだよ。何せキースは神官になって数日で奇跡(キセキ)を会得した、前代未聞の恐るべき天才なんだから」


「ぱえー……」


 なるほどー。

 だから聖堂から嫌われまくっているヴィクターと親しくしても、嫌味を言われる程度で済んでるわけね。キースさんてば本当に有能なんだ。


 深く納得して、また大あくび。

 目をこする私を、ヴィクターはそっと抱き上げてリックくんの巣箱へと移す。


「……ぱぇぱぁ?」


「王都近郊の見回りに行ってくる。お前は執務室でゆっくり寝ていろ、シーナ」


 そう宣言して踵を返してしまった。

 私は大慌てで彼に向かって手を伸ばす。


「ぽえぇ〜っ!」


(待って、私も連れてって!)


 ひとりで留守番なんてしていたら、この眠気だ。すぐに寝落ちしてしまうに違いない。


(そうしたら……)


 きっとまた、あの石牢に取り残されてしまう。


 ぞくりと背筋が粟立った。

 嫌だ。怖い。それに、うなされて目が覚めた時にヴィクターが側にいなかったら、どうしたらいい? 怯えて震えて……、怖くて、死んでしまうかもしれない。


(嫌だ……!)


「ぱ、ぅ……っ。ぱうぅっ」


「シーナ?」


 ヴィクターが怪訝そうに手を差し伸べてくれた。私はその手にすがりつき、離れるものかと力を込める。


 ヴィクターは困った様子でカイルさんを振り返り、ややあって心を決めたみたいに私を抱き上げた。


「カイル。見回りは頼んだ」


「了解。ヴィクターはどうするの?」


 あっさり首肯するカイルさんに、ヴィクターはそっけなく告げる。


「月の聖堂へ行く。こいつが突然調子を崩した原因は、(あるじ)たる月の女神にあるかもしれんだろう。押しかけて無理矢理にでも治療させる」


『………』


 へ?


 硬直する私とカイルさんを、静かな怒りをたたえた眼差しで睨み据えた。え? え?


 カイルさんもおろおろして私とヴィクターを見比べる。


「ちょ、ヴィクターっ。神様相手になんつー不遜な……てかもしや、お前実はめちゃくちゃ怒ってる?」


「まあまあだ」


「怖っ!!」


 震え上がるカイルさんを鼻で笑い、ヴィクターは私を懐に入れてしまう。

 足早に執務室から出て、「本当は」と私に低い声で語り掛けた。


「見回りの帰りに一人で聖堂に寄るつもりだった。……が、確かに最初からお前を伴った方が手間が省ける」


「ぱ、ぱぇ」


「具合が悪くなったらすぐに言え。寝ていても構わん」


 う、うん……。


 言われた通り、大人しくヴィクターの騎士服の中に収まった。触れ合う体温が心地よくて、緊張しっぱなしだった体から力が抜けていく。


(ルーナさんのせい、ってことはないと思うんだけどな……)


 それでも、相談するだけしてみようか。

 ああでも、今はルーナさんに会うために聖堂を経由する必要はなくなったんだっけ。確か心の中で念じるだけで、天上世界に呼んでくれると言っていたはず。


(……ルーナ、さん……)


 そう呼びかけた瞬間に強い眠気に襲われて、私は意識を手放した。

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