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68.共鳴実験!

 というわけで、早速翌日から実験を開始する。


 いつも通りヴィクターと一緒に出勤して、今日は私だけ本部の執務室でお留守番させてもらうことにした。

 珍しく私がついて来ようとしないものだから、ヴィクターもカイルさんも思いっきり怪訝そうな顔をする。ちらちら私を振り返る二人に、愛想よく手を振ってみせた。


「ぱぇぱぇ〜」


(いってらっしゃーい)


 強制的に送り出し、執務机にどっかりと座り込む。

 ぎゅっと目をつぶり、天上世界のシーナちゃん軍団に思いを馳せた。白くもふっとした丸いフォルムを心に描く。


 ぽえぽえ花畑を駆け回るシーナちゃん。

 転んでしまってちょっぴり恥ずかしいシーナちゃん。

 重なり合ってピラミッドを作るシーナちゃん。

 ルーナさんに抱っこしてもらい、嬉しそうに頬ずりをするシーナちゃん……。


(……お、いい感じ)


 まるで私もその場に立っているかのような臨場感。

 私もシーナちゃんに変身して、ぽてぽて彼らに駆け寄ってみる。能天気でしあわせそうな顔を覗き込む。


 ――ねえ、シーナちゃん。

 あなたは今、どんなことを考えているの? どうか私に教えてほしい。


『ぽえぇ〜?』


 つぶらな目を丸くして、シーナちゃんが可愛らしく首をひねった。何か言いたげに私を見つめ、そして――……



 …………


 …………


 …………



「ぷぁっ」


 駄目だ。全然読み取れなーい。


 一時間ほどねばったものの、あえなくギブアップ。そもそも今のは私の妄想だったのかな、それとも現実?

 悩みつつ、休憩用にと取っておいたロッテンマイヤーさんのおやつに手を伸ばす。

 サクサク生地のパイをかじれば、中から甘く煮つけた林檎がとろりとあふれ出してきた。うまうま。うまうま……。


 頬を押さえてもだえていたら、ヴィクターが帰ってきた。パイの欠片が散らばった机を無言で見下ろすので、私は大慌てで机の上を片付けるのだった。ごめんて。



 ◇



「……は? 巣箱で寝るのか?」


 夜、仕事を終えてお屋敷に帰ってから。


 ヴィクターが虚を突かれたように固まった。

 私は真面目くさって頷いて、背伸びして巣箱の表面を叩く。中に入れてほしいとのアピールだ。


「…………」


 ヴィクターが無言で私をつかみ取り、ロッテンマイヤーさん作の巣箱の中に置いてくれる。

 しっぽをひと振りして感謝を伝え、ファンシークッションの上をぽふぽふ跳ねた。ようし、それでは早速精神統一を――……


(んん?)


 なぜかヴィクターがまだ突っ立ったままなのに気がついた。

 眉根を寄せて、じいっと私を見下ろしている。その眼差しにどこか非難めいたものを感じ取って、私はおずおずと彼を見上げた。


「ぱぇぱぁ?」


「……何か、不満でもあるのか」


 地を這うような低い声で問う。へ? 不満?


 瞬きする私に、ヴィクターはここぞとばかりに畳み掛ける。


「昼間もほぼ別行動だった。いつもならば連れて行け連れて行けとやかましい癖に。置いていこうとしたらしがみついてくるだろう、普通なら」


「ぱ、ぱぅ」


「今日は膝で昼寝もしていない。リックの巣箱で先に寝ていたろう。腹を丸出しにして」


 あらやだ。

 道理でお腹が冷えてると思ってたんだよねー。


(……じゃ、なくって)


 なんだろう、浮気を詰問されてる旦那のような気分になってきたぞ。

 なんとか弁解せねばと、私は短い手をぱたぱたと振りまくる。


「ぷうぅ、ぱぅえ〜」


(違うの、そうじゃなくって)


「ぱぇ、ぱぇっ」


(ほら、これはアレですよアレ)


「ぽぇ〜、ぽぇあ〜?」


(人間に戻るために必要っていうか?)


 身振り手振りで懸命に訴えても、もちろん伝わるはずもなく。

 二人同時にため息をついて、お互い黙り込んでしまった。ヴィクターは荒っぽく頭を搔くと、背中を向けてベットへ潜り込んだ。えっ、ちょっと待って待って!


「ぱえ、ぱぇぱぁっ」


「寝る」


 端的に告げる。いや拗ねないで!?


 大慌てで巣箱をよじ登り、ころりと転がった。お尻を押さえてぱえぱえ鳴けば、ヴィクターが仕方なさそうに起き上がる。


 また私を巣箱に入れようとするのを、全力で拒否してヴィクターに抱き着いた。


(や、一人寝が寂しいならそう言ってよ! ちゃんと一緒に寝てあげるからっ)


 巣箱の中の方が集中できるかと思ったが、ヴィクターと喧嘩している方がよほど気が散る。

 ぎゅううと力を込める私に、ヴィクターは途方に暮れたみたいに立ち尽くした。


「……ベッドがいいのか」


 うんうん!


「巣箱の中でなく」


 だからそうだってば!


 高速で頷く私に、ヴィクターはようやく納得してくれたようだった。

 明かりを消し、枕元にそっと私を寝かせる。すぐに自身も横になった。


「ぱぇあ〜、ぱぇぱぁ」


(お休み、ヴィクター!)


「……ああ」


 噛みしめるように返事をする。なぁんだ、やっぱり寂しかったんだね。意外と可愛いところあるじゃない!


 じりじりと彼ににじり寄り、硬い髪の毛にそっと触れる。いつものお礼とばかりに、優しく何度も撫でてあげた。


「……シーナ」


 寝返りを打ったヴィクターが、目を細めて私を見つめる。穏やかな眼差しに、心臓がどくんと音を立てた。


「……っ」


 ビシッ。


「寝ろ」


「ぱぅえぇ〜っ」


 痛烈なデコピンを食らってしまった。

 額を押さえてころりと転がる。もうもうもうこの男っ、金輪際優しくなんてしてあげないんだから〜!


 ふてくされて丸くなる私の横から、くくっと押し殺した笑い声が聞こえてきた。私はふんと鼻息を吐き、ヴィクターなんか放って実験を再開することにする。


(ええい、シーナちゃんが一匹、シーナちゃんが二匹……!)

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