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7.美形だなぁと思いきや

 廊下を曲がってしばらく進んでいたら、突然カイルさんが立ち止まった。

 一刀両断男も足を止め、不審そうに眉根を寄せる。


「カイル?」


「ごめ、ヴィクター……。我慢、してたん、だけど……、もう限界っ」


 ぶはっと勢いよく噴き出した。そのまま体を折って笑い転げる。


「ああもう、さっきの神官長の顔! お前はえげつない脅しをかけるし、シーナちゃんは思いっきりおちょくってるし! 笑いをこらえるのがマジで大変だった!」


 カイルさんは目尻に浮かんだ涙をぬぐい、一刀両断男の胸を小突く真似をする。

 それからまだ笑みの残る顔を私に向け、いたずらっぽく片目をつぶった。


「さっきヴィクターの言ってた、災いだの何だのは気にする必要ないからね? 本当に緋色の瞳が不幸を呼ぶのなら、ずっと一緒にいるオレなんかとっくにどうかなってるって」


「……ぱえっ!」


 私はしっかり頷いて、一刀両断男の頬をしっぽでひと撫でした。

 嫌そうに顔をしかめたものの、一刀両断男は特に文句を言うでもなく踵を返す。照れてる照れてる。


「照れてるよね~」


「ぽえぽえ~」


 どうやらカイルさんも同意見のご様子。

 二人しみじみと頷き合えば、「うるさいっ」とすぐさま怒声が飛んできた。おお怖っ。


 ちょっと心臓がドキッとしたけど、もう体は震えてこなかった。照れ隠しってわかってるからかな? それとも、少しずつこの人に慣れてきた?


 楽しくなってきて、一刀両断男の頭によじ登る。

 頭頂部にたどり着き、ほっと座り込んだ。うんうん、背が高いから絶景だね!


「ヴィクターのあた、頭の上に……っ。ふ、くくっ」


「…………」


 一刀両断男は黙殺することに決めたらしい。

 そうこうしているうちに祭壇らしき場所に着いたので、私はゆっくりと内部を見渡した。


(わぁ……っ)


 色とりどりのステンドグラスが私たちを出迎えてくれた。

 太陽の光を通してきらきらと輝くその光景は、思わず息を呑むほどに美しい。


 幾何学模様のステンドグラスが並ぶ中、中央のステンドグラスだけ、まるで絵画のように女の人の姿が表されていた。

 金の髪に金の瞳、白いドレスをまとった美しい人。これが月の女神様なのかな。


「ぱえっ?」


 あ、足元に小動物がいる!


 白くてもふもふ……。これも、もしかしなくても私かな?


 私の視線を追ったカイルさんも、ぽんと手を打った。


「あっ、あんなところにもシーナちゃんが! 石像といいステンドグラスといい、やっぱシーナちゃんも信仰の対象なんだねぇ」


 いやー知らなかったなぁ、と笑う。


 どうやら国教といっても、カイルさんはそれほど熱心な信徒じゃないみたい。一刀両断男は言わずもがな、だ。


「――まったく、嘆かわしい。月の女神ルーナ様の眷属たるシーナ・ルー様も、もちろん神聖な存在であらせられるのです。そのようなことも知らぬとは、初等教育からやり直されてはいかがです?」


「ぴえっ?」


 突然聞こえてきた声に、私は反射的に体をすくませた。

 天井が高いせいか、朗々とした声が威圧感たっぷりに響いたのだ。泡を食って一刀両断男の頭にしがみつく。


 しかし緊張しているのは私だけで、カイルさんは気楽そうに手を振った。


「や、キース。久しぶり~」


(……キース?)


 恐る恐る振り向くと、長い銀髪をひとつに束ねた男の人が立っていた。

 涼しげな眼差しの美形で、私は思わずピンとしっぽを立てる。


「……おい」


(わわわわ、格好いい~!)


 顔立ちは整っているものの、恐ろしく緊張感のただよう一刀両断男とは全然違う。これぞ正統派の真・イケメン……!


(瞳の色は碧、かぁ。くうぅ、宝石みたーい!)


 ミーハー心丸出しで大興奮して、ふさふさしっぽでべしべしと一刀両断男を叩く。おい、とまた低い声が聞こえた気がした。


 優雅に歩み寄ってくるキースさんを、熱心に目で追いかける。

 キースさんはぴたりと足を止めると、私に向かってうやうやしくお辞儀した。


「シーナ・ルー様。お初にお目にかかります。月の聖堂の神官を務めております、キース・ウェルドと申します」


「ぱ、ぱえぇ……」


「ヴィクター殿下がシーナ・ルー様をお連れであると、神官長様より伺いまして。急ぎ馳せ参じた次第であります」


「ぽ、ぽえぇ……」


 もじもじと合いの手を入れるので精一杯。

 はにかむ私を熱く見つめ、キースさんは感極まったように瞳をうるませる。


「ああ、本当に光栄です……! まさかこの目で、伝説の聖獣シーナ・ルー様のお姿を拝見できる日が来ようとは! 月の女神ルーナ様よ、心より感謝いたします!」


「…………」


 そ、そこまで喜ばれたら困るかも。

 だって私は本当は聖獣なんかじゃなく、ごくごく普通の人間なのに。


 なんだか騙しているようで、私はだんだんといたたまれなくなってくる。

 若干引き気味になる私に気づかず、キースさんは鼻息荒く距離を詰めてきた。いや近っ、近すぎないっ?


「ああ、なんと素晴らしい! 伝説と違わぬ毛玉のごときその体、ちゃんと歩けるのかと心配になるほどの短い足っ! そして真っ黒つぶらな二つのお目々っ」


「ぴ、ぴぇ……っ」


「はあはあ、ですが何より最高なのはそのお尻尾です! ふっさふさのもっふもふ! ぜひとも触らせ……、いえ、どうぞ殴ってくださいませ! さあさあ、そのふさふさお尻尾様で、あなた様の下僕たるこのわたしを殴っ」


 ゴッ!!


 一刀両断男が無言で肘鉄を落とした。


 変態は悲鳴も上げずにぱったりと床に倒れ伏す。

 カイルさんが側にしゃがみ込み、ややあって沈痛な表情で首を横に振った。


「残念ながら手遅れのようです」


 あ、そう?

 じゃ、帰ろっか。

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