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60.味方だからね!

 ヴィクター対キースさん。

 顔面凶悪怪力男なヴィクターと、頭脳派美形神官なキースさん……が、戦う、ですと?


 勝敗がどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 脳裏にありありと浮かぶのは、地面に倒れ最期の力を振りしぼり、指でダイイングメッセージを書くキースさん。


 私はぞっと総毛立ち、キースさんの胸に飛びついた。


「ぱうぅ、ぱぇぱぁ、ぱう〜っ!?」


(何考えてるのキースさん! ヴィクターに勝てるわけがないでしょうっ!?)


「お、おやシーナ・ルー様。そのように嬉し恥ずかし大胆な……ふくくくくえへへへへ」


 でれでれと気持ち悪い笑い声を漏らした瞬間、突然音を立てて書庫の扉が開かれた。ヴィクターと、その後ろにはカイルさんもいる。


 私とキースさんを目に止めて、ヴィクターの顔がみるみる険しくなっていく。ひいぃっ!?


「ちょちょちょっ、落ち着いてヴィクター! 状況が不明だからね!? 単に転びかけたシーナちゃんが、キースにつかまってるだけかもしれないからね!?」


「いいえシーナ・ルー様の方から熱烈に抱き着いてこられたのですやっほう!!」


「お前ちょっとは空気読めキース!!」


 ヴィクターはきつくこぶしを握ると、呼気を荒々しく震わせた。息を呑んで見守る私たちに背を向け、姿勢正しく深呼吸を繰り返す。


 その後ろ姿を見て、私はふと瞬きして目をこする。

 ヴィクターの背中に、ゆらゆらと揺らめく何かが見えた気がしたのだ。……あれ? これって、もしかして……?


 私が目を凝らすより先に、ヴィクターが静かに振り向いた。


「よし。シーナを置いて表に出ろ、キース」


「嫌ですよ。あなたと勝負するのは二度とごめんです」


 キースさんはそっと私の手を解き、「降参」と言うように両手を上げる。ヴィクターとカイルさんを見比べ、低く含み笑いした。


「実は今、我らの出会いについてシーナ・ルー様にご説明していたのですよ。ヴィクター殿下に戦いを挑んだ下りで、シーナ・ルー様が大層動揺されまして」


「ああ! 懐かしー、そういやそんな事もあったよなぁヴィクター! ほらほら、思い出話に花を咲かせてただけだってさ!」


 一生懸命にフォローするカイルさんに、ヴィクターはうんざりしたみたいに肩をすくめた。


「くだらん。何が勝負だ。あんなもの勝負のうちに入るものか」


「……ぱえ?」


 ヴィクターの言い草に、私はきょとんと首をひねる。カイルさんとキースさんが、顔を見合わせて笑い出した。


「いやシーナちゃん、あの場にはオレもいたんだけどね? キースの言う勝負ってのが、実は」


「わたしが奇跡(キセキ)で己の周りに結界を張り、そしてヴィクター殿下がそれを剣で打ち破る、という力比べだったのですよ。無論、月の女神ルーナ様を思うわたしの心は鋼よりも固く、結界が破られることはありませんでしたが」


 したり顔で頷くキースさんに、ヴィクターが不快そうに眉を跳ね上げる。憤然と反論しかけたのを、カイルさんが「まあまあ」と押し止めた。


「確かにキースの勝ちは勝ちだったけど、ガタガタ震えて半泣きだったじゃないか。ヴィクターが意地になったみたいに猛追をやめないからさぁ」


「……我が生涯で、何よりも肝が冷えた一時でした。結界越しとはいえ、恐ろしい形相でガンガンガツガツ剣を叩きつけられ……くっ」


 そ、それは怖い。


 私はキースさんの腕を駆け上がり、つややかな銀髪をよしよしと撫でてあげる。頭上からうなり声が聞こえたので、先程のキースさんをならって「バンザイ」と手を上げた。


 ヴィクターがすかさず私をすくい上げて肩に載せ、キースさんを()めつける。


「年寄りは昔話が長い」


「いやヴィクター殿下とわたしは二歳しか違いませんけども!?」


 年寄り呼ばわりされたキースさんがわめき出す。

 ぷくくく、と笑いをこらえていると、突然キースさんがにやりと笑った。


「そうそう、急に昔話を始めたのには理由(わけ)があるのですよ。……シーナ・ルー様に賢王ヴァレリーと(いにしえ)の魔王の絵本をお読みしたところ、どうやらシーナ・ルー様はヴァレリー王に思うところがあられたようで。ね、そうですよね?」


「ぱ、ぱえ」


 キースさんが一体何を言うつもりなのかと、私は怪訝に思いながらも肯定した。

 笑みを深くしたキースさんが、満足気にうんうん頷く。


「お気持ちはわかりますとも。幼い頃はわたしも、この話を素直に英雄譚と受け取っていたのですがね。ある時期を境に、そもそも魔王は真に悪であったのか、と疑問を抱くようになりました。賢王ヴァレリーは、果たして称賛に値する王だったのか?とね。このように視点が変わったのは、きっと――……」


 魔王と同じ瞳を持つ、誰かさんと友人になってしまったせいなのでしょう。


 声を落として、わざとのように重々しく告げる。


「ぽっ?」


(えっ、あっ、そゆこと!?)


 キースさんの言葉に驚きながらも、もしかして私も同じかも、とストンと腑に落ちていく。

 ヴィクターが魔王と同じ瞳を持つから差別されるなら、元凶である魔王が悪でなければいい。心のどこかでそう願ってしまったのかもしれない。


(それに……)


 ヴィクターを冷遇する、この国の王族にも言いたいことはたくさんある。

 そんな王族の先祖であるヴァレリー王とやらが、手放しで称賛されるような立派な人物だとは思えない。思いたくない。


(……って、我ながら私情を挟みすぎでしょ)


 思いっきり苦笑していると、キースさんがからかうようにヴィクターを肘でつついた。


「ほらヴィクター殿下、あなたのせいですよ。あなたのせいで我らは、ついつい古の魔王に味方してしまう」


「……っ」


「ええー、オレはむしろ逆だな? 魔王のせいでヴィクターは苦労してきたんだから、魔王憎しの感情の方が強いよ。魔王に肩入れなんて絶対しないね!」


 カイルさんまで参戦してきて、ヴィクターは疲れたみたいに肩を落とした。「お前ら……」と忌々しげに呟き、ふいと顔を背けてしまう。


「……物好きな奴らだ」


 その耳は隠しようもなく赤くなっていた。

 照れ隠しなのは明らかで、カイルさんとキースさんが朗らかに笑う。私も一緒になってしっぽを振りながら、ヴィクターの頬にそっと毛並みを寄り添わせた。


(……あ。また……)


 ゆらゆら、ふわふわ。


 ヴィクターの体から赤い炎が揺らめいている。

 戦場にいる時みたいに張り詰めてはいない、大らかで優しい動き。まるで陽炎みたいな、魔素の揺らめき。


(ふふっ。もしかして、嬉しいのかな?)


 もしそうだったら、私も嬉しい。

 きっとカイルさんと、キースさんも同じだよ。どれだけ敵が多くたって、私たちはあなたの味方なんだから。


 心地良い魔素の揺らぎを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

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