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58.昔々の物語

 ――むかしむかし、王国は危機をむかえておりました。


 王国を支配するのは、かんしゃく持ちで、自分勝手でわがままな王さま。そして贅沢ざんまいで、意地のわるい王妃さま。


 王さまの家来は、いつもびくびくと怯えておりました。

 王さまの気にいらないことをすれば、首をはねられ、ころされてしまいます。だからみんな、いつだって王さまの顔色をうかがってばかり。


 平民もおなじように苦しんでいました。だって、どれだけ一生けんめい働いても、王さまがすべて奪っていくのですから!


「ああ、毎日つらいなぁ」

「せっかくみのった果実なのに、ぜんぶ王さまに取られてしまったわ」


 国民はなげき悲しみます。

 けれど、希望はありました。


「みんな、どうかぼくに任せてくれないか」

「ああ、王子さま!」


 かしこく美しい、王国の王子さま。

 悪逆非道な王さまと王妃さまには似ても似つかない、姿だけでなく心もきれいな青年でした。


「父上。ぼくは民のために尽くします」

「なにを、ばかなことを!」


 怒った王さまは、王子さまをお城から追いだしてしまいます。

 あわれ王子さまは、魔獣の住みつくという恐ろしい『帰らずの森』に、ひとりきりで置きざりにされてしまうのです。



 ◇



(……『帰らずの森』!)


 知っている地名が出てきて、私は思わずピンッと耳を立ててしまう。


 帰らずの森、それは私がこの世界で初めて降り立った場所。熊モドキに襲われて死にかけて、ヴィクターと出会った場所でもある。


「ぱぇぇ……」


 小さくため息をつく間にも、キースさんの読み聞かせは続いていく。

 めくられたページには、とぼとぼと悲しそうに歩く王子さまの姿が描かれていた。そして背景には、おどろおどろしい暗い森。


 森の中を三日三晩飲まず食わずでさまよった王子さまは、とうとう倒れてしまう。気を失った彼を助けたのは、なんと人語を話す魔獣の群れだったという――……



 ◇



「ま、まさか、魔獣がひとの言葉をしゃべるなんて」

「美しい王子さま。わたしたちが、あなたを助けてあげましょう」


 するどい牙をもつ魔獣。

 みどりの肌の、でっぷりと肥えふとった大きな魔獣。

 枯れ枝のように細い手足をぎちぎちならす魔獣。

 見た目のちがう彼らは、みな一様にうなり声をあげました。


 するとどうでしょう。

 恐ろしい姿をした魔獣たちが、あっというまに人間へと変わってしまったではありませんか。ほんものの人間とくらべても、まったくそんしょくありません。


 それでも、すこしだけ化けそこねたのでしょうか。

 まんなかの魔獣だけは、あきらかにひととは違っていました。燃えるみたいにまっかな髪、そして何より異質なのはその目でした。

 なんと、見たこともないほどこい緋の色をしていたのです。


 王子さまは息をのんでおどろきました。

 それでも、彼は決意するのです。魔獣のちからをかりてでも、王さまと王妃さまをたおし、民をすくってみせるのだ、と!



 ◇



「――魔獣の力はとてつもないものでした。彼らは王子さまの命令によく従い、王さまと王妃さまを捕らえました。国民はみな快哉を叫び、王子さまは祝福され新たな王となったのです」



 ◇



 魔獣たちは、役目をおえても森へはかえりませんでした。

 王子さま、いいえ、新王さまにつかえることを望んだのです。


 けれど、かしこい王さまは気づいていました。


「緋の魔獣よ。おまえはぼくを見るとき、まるで舌なめずりするような顔をしているよ」

「これは、新王よ。そなたはわが献身を、うたがうつもりなのか?」


 まわりの魔獣も、舌なめずり。

 そうです。魔獣たちがつかえるは、王さまではなく緋の魔獣。緋の魔獣こそが彼らの王だったのです。


「おお、緋の魔王よ。もはやここは、おまえたちのいるべき場所ではない。森へ帰るがよい!」


 けれど、魔獣たちはしたがいませんでした。

 それどころか本性をあらわして、王さまに襲いかかってくるではありませんか!


 たいせつな仲間だった魔獣たちに剣をむけるのは、王さまにとって身を引きさかれるようにつらいことでした。

 けれど、彼にはまもるべき民がいるのです。だからこそ彼はひっしで戦いました。


「ええい、口惜しい! あとほんのすこしで、きさまになりかわり、ひとの世を支配できたというのに!」


 悪心を見ぬかれた緋の魔王は、歯ぎしりしながらほろんでいきました。

 手下の魔獣たちも、みな王さまの手でたおされました。


 王国に、ようやく平和がもどったのです。


「ばんざい! ばんざい!」

「国王ヴァレリーに、月の女神さまの祝福を!」


 歓喜の声がみちあふれます。


 こののち、ヴァレリー王はながい治世をしきます。

 その政策は国をゆたかにし、国民はみなしあわせになりました。

 ヴァレリー王が永遠のねむりについた後も、その栄光は、末ながく語りつがれていくのでした。


 めでたし、めでたし。

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