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49.逆転の炎

「だ、団長ッ!?」

「大丈夫なんすか、それ!?」


 周囲の喧騒をよそに、私は呆けたように炎を見つめる。

 ……これは、魔素の炎じゃない。その証拠に、他の団員さんたちにも見えている。


「――騒ぐな。問題ない」


 訳のわからない状況下でも、ヴィクターだけは一人平常運転だった。炎の大剣を構えてミミズ魔獣に詰め寄れば、魔獣は明らかに怯んだ様子を見せた。


 小型ミミズたちも闘うのをやめ、土の切れ目に逃げ込もうと必死に体を潜り込ませる。


『グ、ググゥ……ッ』


 手下たちの撤退につられたのか、ミミズ魔獣もまた少しずつ地面に沈んでいく。


「逃がすかっ!」


 ヴィクターが一気呵成に距離を詰めた。

 炎の大剣を袈裟懸けに振るった瞬間、ミミズ魔獣がつんざくような悲鳴を上げた。あれだけ攻撃しても斬れなかった体が、やすやすと真っ二つになって飛ばされる。



 ――ズゥンッ



 魔獣のちぎれた体が地に落ちる。

 しばらくもがくように蠢いていたが、ややあって完全に動きを止めてしまった。鮮やかだった紫色が、急激に色あせて白くなっていく。


「あ……っ」

「団長、小型魔獣が!」


 逃げようともがいていた小型ミミズもまた、ぼろぼろと体が崩れて朽ち果てていった。ヴィクターがかすかに眉根を寄せる。


「……群れではなく、一つの生命体だったのかもしれんな。親玉を倒したことで、連鎖して命を失ったのだろう」


 事もなげに告げ、大剣を地面に突き立てた。

 炎はまだめらめらと燃えていて、ヴィクターが服の上から私を撫でて顔を寄せる。


「シーナ。もういい」


(え……っ?)


 低いささやき声に、私は瞬きしてヴィクターを見上げた。

 ヴィクターは指先で優しく私をくすぐると、ふっと目を細める。


「この炎は、お前の起こした奇跡(キセキ)だろう。……お前のお陰で全員が助かった。礼を言う」


「ぱ、ぱぅ、ぇ……?」


 奇跡(キセキ)……、つまりは、魔法ってこと?


(私が、魔法を使った……?)


 呆然自失しながらも、燃えさかる大剣に視線を移す。

 じっと眺めながら、「ぱぇ……」と小さく呟いた。もう、いいよ。役目は終わったの。もう燃えなくって大丈夫だよ。


 まるで心の声が聞こえたように、炎はパッと余韻すら残さず消えてしまった。団員さんたちが驚きにどよめく。


「す、すげぇ……!」

「月の聖獣様の奇跡(キセキ)、ってことか?」

「さすがっす、シーナ先輩っ!!」


 拍手とともにはやし立てられる。


 私はへにゃりと耳を垂らし、戸惑いつつヴィクターを見上げた。ヴィクターの穏やかな眼差しに、またも心臓が大きく跳ねる。


「ぱ、ぅ……っ」


 耐えきれずに下を向いた。

 ヘン、だ……。体が熱い、みたい。もしや私ってば、また何かを燃やそうとしちゃってる?


 少しだけ自分が怖くなって、ぐりぐりとヴィクターの胸に頭突する。体は熱いし、心はふわふわ頼りないし。なんだか考えがまとまらない――……


「シーナ」


 ヴィクターの大きな手に包み込まれる。


「疲れたのならば、寝ていろ。親玉は倒したのだから、もうリックの故郷は大丈夫だ。安心して休め」


「ぽぇぁ……」


 小さく返事をして、素直に目をつぶる。

 ヴィクターの優しい言葉が胸に沁み込んで、すぐに意識が遠のいていった。



 ◇



 ――ぱ、ぱ、ぱ〜ぅっ


 ――ぷっぷぷ、ぷぅ〜


「……ん……」


 花の甘い香りがする。

 やわらかな風が頬をなぶって、私はゆっくりと目を開けた。なんでだか、鼻先がくすぐったい。


「くしゅんっ!!」


「ぱぁおっ」

「ぷぅあ〜っ」


 ん?


 こすりこすり目を開けると、顔のすぐ側に何匹ものシーナちゃん。つぶらな目をまんまるにして、思いっきりのけ反っている。


「あ、ごめ……。ていうか、人の顔に群がらないで。毛がふわふわでくすぐったいよ」


 くすくす笑いながら、順番にシーナちゃんたちをつついていく。シーナちゃんは身をよじらせ、照れたみたいにぱうぅと鳴いた。


 どうやら私は、またも天上世界に来てしまったみたい。毎回律儀にお出迎えありがとね、シーナちゃん軍団。


(さて、と。ルーナさんは……?)


 振り向いた瞬間、「きゃッ」と悲鳴が聞こえた。

 ちょうど歩み寄ってきたらしいルーナさんと正面衝突しそうになって、お互いびっくり仰天してしまう。


「わわっ。ごめんなさい、ルーナさん!」


「ううん、平気よ。……って、そんなことよりもシーナッ!」


 突然ルーナさんがガッと私の肩をつかんだ。

 え、何? また私、何かやらかしちゃいました?


 怯える私に、ルーナさんが鼻息荒く詰め寄ってくる。


「ねえ、あなた魔素を魔力に変換しちゃったでしょう!? しかも速攻で火魔法まで使ってぇ! ああもお、せっかくの極上の魔素だったのにっ。節約、とか貯めておく、っていう発想はなかったの?」


「え? え?」


 早口でまくし立てられ、私は目を白黒させた。

 ルーナさんはそんな私に構わず、ここぞとばかりに畳みかける。


「そもそもあんな大げさな魔法である必要はなかったでしょ、もっと小粒魔法で充分だったでしょ。シーナったら、計画性ってものを持たなくちゃ駄目じゃない! 破産してから後悔したって遅いのよ?」


 え、えぇと。何を言われてるのやら、よくわからないけれど……。

 もしかして私、やりくり下手なうえ金遣いの荒い女と責められている?


「ご、ごめんなさい……? 次からは、無駄遣いしないよう気をつけます……?」


 疑問形で謝罪してみれば、ルーナさんは「ホントよ!」と憤然として頷いた。


「シーナ・ルーの得た魔素は、本来ならそっくりそのまま(あるじ)たるわたくしのものになるはずだったのに。大半はあなたが火魔法として消費してしまったから、シーナ・ルーの体に取り込まれたのはほんのちょっぴりだけ。せっかく久しぶりに魔力が充実するかと思ったのに、横取りされちゃったぁ」


「へ、へぇ。別に自分では、魔素を取り込んだ自覚とかないんですけど……?」


 頭を抱えてうなりつつ、ルーナさんの話を整理してみる。


 つまり私は、ヴィクターから魔素をもらった(奪った?)わけね。

 そしてそのまま貯めとけばルーナさんの魔力になったものを、うっかり魔法でミミズを焼いてしまい、貴重なエネルギー源をほぼほぼ使い尽くしてしまった――


 と、いうことでオーケー?

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