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48.燃える怒りと、

「ぱっぱぱぱっ、ぱぇぱぁぁぁっ」


「シーナ。しっかり掴まっていろ」


 怯える私に、ヴィクターが冷静に声を掛けてくれる。

 落ち着き払ったその様子に、私は返す言葉もなくただ頷いた。ヴィクターの服の胸元から顔だけ出して、しがみつく手に力を入れる。


(しっかりしろ、私……! 無理言って連れてきてもらったんだから。みっともなく怖がってなんていられない!)


 決意も新たに、キッと化け物ミミズを睨みつける。

 ふ、ふふん。怖くなんてないんだからね! 何せ私は、第三騎士団最強(多分)な男の懐に隠れている、世界一安全な小動物なんだから!



 ――コオォッ



「ぱぅえぇっ!?」


 虚勢むなしく、みっともなく悲鳴を上げてしまう。

 だってだって、突然化け物ミミズの先端が二つに割れたのだ。どうやら頭ではなく口だったらしく、やけに綺麗なピンク色の口内には、ギザギザの歯がびっしりと生えている。


「うわ、キモ!」

「リック、すぐに片づけてやるからな。安全な場所まで下がってな!」


(そうだ……! リックくんっ)


 慌てて周囲を見渡せば、団員さんたちの後ろにリックくんが立っていた。顔を青くしながらも、必死で剣を構えている。


「お、おおお、オレだって、戦えますっ」


 ヴィクターが小さく舌打ちした。

 リックくんの剣が頼りなく揺れ、泣き出しそうに顔を歪める。不意にその足元からぽつぽつと炎が湧き上がるのが見え、私は驚きに息を呑んだ。


「リック。いいから命令に――」

「ぱ、ぱぇぱぁっ!!」


 鋭く叫んだ瞬間、またも地面がひび割れる。


 ヴィクターははっと体を固くすると、迅速に動いた。リックくんを突き飛ばし、大剣を真横に斬り払う。


 亀裂から生えてきたのは、さっきとは別の化け物ミミズ。その体長は最初のミミズよりだいぶ劣るものの、それでもヴィクターの倍以上は長い。

 ヴィクターの剣に跳ね飛ばされ、真っ二つになった体が地面でうごうごと動き続ける。


「う、うわっ!」

「気をつけろ、どんどん出てくるぞっ!」


 団員さんたちの叫び声に、私は必死で地面に目を凝らした。

 ありとあらゆる場所から魔素の炎が立ち昇る。一拍遅れて土が盛り上がり、小型の化け物ミミズが出現する――


「総員、速やかに退避! ここは俺が食い止める、その隙にお前達、は……っ」


「ぱぇぱぁ?」


 ヴィクターが途中で言葉を止め、私は不思議に思って彼を見上げた。

 ヴィクターは苦しげに眉根を寄せている。ややあって、何かを決意したように眼差しをきつくした。


「今のは撤回する! 二人一組になり、小型の奴を足止めするんだ! 無理に倒そうとしなくていい、とにかく時間を稼ぐのを優先しろ! その間に俺が親玉を仕留める!」


『おおっ!!』


 団員さんたちが元気良く唱和する。


 みんな迷いなく動き出し、二人ずつ小型ミミズを囲んでいく。

 リックくんも年かさの騎士さんの後方で、必死になって剣を振るっていた。


「……よし。行けるか、シーナ」


「ぱえっ、ぱぇぱぁ!」


(もちろんだよ、ヴィクター!)


 だって、あなたを信じてる。


 ありったけの信頼を込めて見上げれば、ヴィクターは少しだけ頬をゆるめた。

 ミミズ魔獣に向き合い、大剣を正眼に構え距離を詰めていく。


 ニイィ、とミミズ魔獣の口が再び裂ける。


「――はッ!」


 裂帛(れっぱく)の気合とともに、ヴィクターがミミズ魔獣に斬り掛かった。しかし、その刃はぶよぶよした体表に弾かれる。


「……っ。チッ、小型と同じようにはいかんか」


 忌々しげに吐き捨てたものの、ヴィクターに諦める様子は微塵もない。獲物を狙う猟犬のように目をすがめた。


(あ……っ)


 ヴィクターの体からも、魔素の炎がめらめらと大きく揺れている。

 魔獣のよどんだ赤黒い色とは全然違う、透き通るほどに美しい緋色。こんな状況だというのに、私は言葉を失って見とれてしまう。


「はあッ!!」


 ヴィクターの奮闘により、少しずつ少しずつ、ミミズ魔獣の体に傷が増えていった。けれど、決定打には到底足りない。

 周りの団員さんたちから、そしてヴィクターからもじりじりと体力が奪われていく。


(どうしよう、このままじゃ……!)


 泣き出しそうに彼にしがみつく。


 魔素の炎に触れているのに、熱さなんてちっとも感じられなかった。これが、本物の炎だったらよかったのに。そうすればきっと、あんなミミズなんて焼きつくしてしまうのに。


 ミミズ魔獣がヴィクターに襲いかかる。

 禍々しい大きな口をぱっくりと開き、ヴィクターを丸呑みにしようとしている。


 激しい怒りと焦燥を感じ、不意に体が燃えるように熱くなった。


(がんばって、負けちゃ駄目だよヴィクター! あんな気味の悪いミミズなんか、ヴィクターの綺麗な炎でやっつけちゃえ!!)



 ――心の底から強く念じた、その瞬間。



「な……っ!?」


 ヴィクターの大剣から、ほとばしるように真っ赤な炎が噴き出した。

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― 新着の感想 ―
ヴィクターの、今のは撤回する!がなんか好き。 成長…かなぁ、変わっていくとっかかりみたいなものが見えてイイもの見てる気分になる。
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