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47.あなたがいてくれるから

 蹄の音も高らかに、つややかな毛並みの黒馬が風を切る。

 黒馬の背にまたがったヴィクターは、後に続く団員たちを導くように街道をひた走った。私はヴィクターの騎士服の中、胸元から顔だけ出して前を向く。


 これから恐ろしい魔獣の元へ赴くというのに、恐怖なんてこれっぽっちも感じていなかった。だって……。


(ヴィクターが、『護る』って言ってくれたから)


 恐怖耐性の低すぎるシーナちゃんなのに、不思議なこともあるものだ。ヴィクターのたったひとつの言葉だけで、こんなにも気持ちが落ち着いている。


 へにゃりと耳を垂らしてヴィクターを見上げるが、ヴィクターはひたすらに前だけを見据えていた。うわぁ、なんだか――


「ヴィクター、シーナちゃんが寂しそうな顔をしてるよっ」


 馬をあやつって隣に並んだカイルさんが、大声ではやし立てた。おぉいっ!?


「ぽぇっ、ぱぅえぇぇ~っ」


(ちがっ、そんな顔してないってば!)


 むしろ真剣で格好いいなとか、いやちょっ、これも違くて!

 リックくんと彼の家族のため、そして村のみんなを助けるために、必死で戦おうとする姿がすごいなって。つくづく感心してただけなのよ!


 泡を食って弁解する私を、ヴィクターはちらりと見下ろした。「もう少し我慢しろ」と耳元にささやきかける。う、了解です……。


「シーナたん、気張っていこ〜!」

「シーナ殿ぉーっ、自分が命に替えてもお守りいたすぅーっ!」

「シーナ様ぁーっ! 討伐が完了した暁にはもふらせてくださいましーっ!」


 後ろから団員さんたちがやいやい騒ぐ。

 普段通りすぎるみんなに力が抜けて、私はぷはっと噴き出した。


「シーナ先輩っ! まだ見習いだけど、オレだって絶対にシーナ先輩を守ってみせますからねっ!」


 リックくんも泣き笑いの声で叫ぶ。

 私は「ぱえっ」としっかり返事をして、再びヴィクターの服にしがみつくのに集中した。大丈夫、とお腹の底から勇気が湧いてくる。


(ヴィクターがいてくれるから。それからカイルさんも、団員のみんなも。だから絶対、笑顔でご家族に会おうね。リックくん!)



 ◇



 私がこの世界で最初に目覚めた『帰らずの森』。

 そこをぐるっと周るようにして、たどり着いたのがリックくんの故郷であるベルガ村。所要時間は半日強といったところ。


 村が見えてきたあたりで、ヴィクターたちはいったん馬を止めた。


「よし。まず俺が先行して様子を確かめる。カイル以下、団員はここで待機――」


「ヴィクター? つい昨日の話だってのに、もしやもう綺麗さっぱり忘れちゃったのかなー?」


 カイルさんがにこやかに口を挟む。

 明るい口調な割に、その目は全く笑っていない。ん、何の話?


 首を傾げる私をよそに、ヴィクターが「しまった」と言いたげに顔をしかめた。服の上から私を撫で、仕切り直すように空咳する。


「……今のは取り消す。偵察隊を選抜するから、村に入るルートが確保できるか調べるんだ。ただし魔獣の姿を確認したら、刺激する事なくただちに報告に戻れ」


「じゃ、オレが行こう。後は――」


 カイルさんが後を引き取って、てきぱきと人員を指名した。みんな慣れているのか特に浮足立つ様子もなく、無駄のない動きですぐに準備に取り掛かる。


「俺を含め、残りの団員は『帰らずの森』入口に姿を隠しておく。ベルガ村を襲った魔獣が潜んでいる可能性もある。ゆめゆめ油断するな」


『了解ッ!!』


 カイルさん率いる偵察隊と別れ、私たちは『帰らずの森』へと移動した。……うう、緊張するなぁ。懐かしの熊モドキさんに、また出会っちゃったらどうしよう。


「案ずるな、シーナ」


 ヴィクターが低い声でささやきかける。


「森の奥深くに分け入るのならばともかく、入口付近には滅多に魔獣は出ない。……まあ今回、ベルガを襲った魔獣はおそらく森から現れたのだろうが。そう考えれば、遭遇する可能性は充分にあるか」


 駄目じゃん〜。


 ぱぺぺと体を震わせる私を、ヴィクターは緋色の目を細めて見下ろした。


「だが、それならばむしろ好都合だ。一気に魔獣を殲滅して、事態を解決させればいい」


 唇を歪め、壮絶な笑みを浮かべる。うわお、悪人顔。


(……うん。まあ、怖いっちゃ怖いんだけど)


 頼もしいというか何というか。

 やる気に満ち満ちるヴィクターに、すり、と頬ずりして寄りかかる。こういうヴィクターを見てると、不安なんか吹き飛んじゃうよね。


 どうやら団員さんたちも同じらしく、不敵に笑って剣の柄を握り締めた。偵察隊には選ばれなかったリックくんも、決意を秘めた眼差しで前を向いている。


 『帰らずの森』は相変わらずうっそうとしていて、どこか人を拒絶するような空気があった。私はこっそり息を吐き、ヴィクターの服をきつく握り締める。


(やっぱ構えちゃうなぁ。嫌な思い出があるだけに――……ん?)


 ふと、違和感を覚えた。


 なぜだか心臓がどきどきと騒ぎ出し、急激に息苦しくなってくる。

 これって、これってもしかして。シーナちゃんの本能が、警鐘を鳴らしてる……?


 違和感の正体を探るため、私は五感を研ぎ澄まして周囲を観察した。

 木々が揺れる音、湿ったみたいな風の匂い。年経た大木のゴツゴツした幹、そして草がまだらな茶色い地面。


(あ、れ……?)


 不意に、地面が動いた気がして瞬きする。


 慎重に狙いを定め、目を凝らした。地面から陽炎のように、何かがゆらゆらと揺らいでる。赤くて、黒い……


(――炎!?)


「ぱぅえっ! ぱぇぱぁーっ!!」


 魔素だ、と認識すると同時に、私は激しく声を上げた。ヴィクターが弾かれたように反応し、大剣を鞘から抜き払う。


 唖然とする団員さんたちに、「下がれ! 何かが来る!」と鋭く叫んだ。


「構えろ!――下だっ!」


 団員さんたちがどよめいたようだが、私の耳からは周囲の音がかき消えていく。ただ己の目に、「見る」ことだけに集中した。


 地面から、汚らしい色をした魔素の炎が立ち昇る。炎を追うようにして、土がみしみしと盛り上がっていく。



 ――刹那、地面が割れた。



 亀裂の隙間から勢いよく、森の大木よりも太い何かが生えてくる。

 土煙があがり、弾き飛ばされた小石が私たちに降りかかった。


 とっさにつぶっていた目を開き、恐怖に震えながらも()()の姿を確認する。


 長い。

 そして、とんでもなく太い。


 最初見た瞬間には蛇かと思った。だけど……、違う!


 短い節が連なってできた、頑丈なロープのような体。のっぺりと平らな目の無い頭部。

 毒々しい紫色をした体表は、粘液でぬめぬめと光っている。


 茫然とする私たちを嘲るように、魔獣がその長い体を(うごめ)かせた。こ、これって……!


 背筋にぞわっと悪寒が走る。


 いや、色は違うんだけど。大きさだって全然比べ物にならないんだけど。見覚えのありすぎるこの姿は、もしかして。


「ぱ、ぱうぅ〜っ!?」


(み、ミミズーっ!?)

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