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4.毛玉に見えて人間なんです

 モテ男さんがいかにも疑わしそうな顔をする。


「……ね、ヴィクター。この子さあ、もしかしてオレのいうこと理解してない?」


 長いお耳がピンッと伸びた。

 そう、実はそうなのっ! こう見えて私ってば人間なの!


 勢いよく頷くより先に、一刀両断男が「気のせいだろう」と冷たく切り捨てる。


「単に首を上下に動かしただけだ」


(ちがうっ、私は本当に頷いたのっ)


 無造作に手のひらの上に落とされたので、ブラシしっぽを武器にして男の手をぺしぺし叩く。めっさ怖い顔で睨まれた。ひえぇっ!


「ぱぺっ、ぱぺぺぺぺぺぺぺぺぺ」


「うわあ、すっごい高速で震えてる。……うぅん、聖獣にとってもヴィクターの顔ってやっぱ恐ろしいのかな」


 モテ男さんは小さく首をひねると、一刀両断男の手から私を救出してくれた。指先で顎の下をくすぐり、ふわふわと逆毛を立てる。


「あのね、聖獣ちゃん。ヴィクターって緋色の瞳をしてるだろ? 古い言い伝えではあるんだけど、実はこれってめちゃくちゃ縁起の悪いことでさ」


 ……へえ?


 興味深く耳を傾ける私を見て、一刀両断男が眉間にしわを寄せた。あきれたような視線をモテ男さんに向ける。


「こんな毛玉に理解できるはずがなかろう。酔狂も大概にしておけ」


「まま、ものは試しっていうだろ? ほら、実際わかったような顔して頷いてる」


 や、全然わかってませんけど?


 珍しくてすごく綺麗な瞳なのに、どうして縁起が悪いのやら。この世界の常識なんて、もちろん私が知るはずもなく。


(……うん。きっとここは日本じゃない、よね)


 熊モドキの一件だけじゃなく、一刀両断男とモテ男さんの服装や武器を見ても、ここが私にとって未知の世界なのは明らかだ。


 ――つまりは、異世界。


 どっと疲れを覚えて、私はモテ男さんの手の上に崩れ落ちる。


 ぷぷぅと絶望のため息を漏らせば、一刀両断男が「ほら見ろ」と言わんばかりに鼻を鳴らした。


「時間の無駄だ。こいつは今すぐ『帰らずの森』へ――」


「ぱえええぇーーーっ」


 どうかそれだけはご勘弁をーーーっ!!


 とっさに大ジャンプをかまし、モテ男さんの手から一刀両断男の胸へと飛びついた。放しませぬ、放しませぬぞ~!


 すぐに引き剥がされるかと思ったが、意外にも一刀両断男は動かない。姿勢正しく固まってしまった。


 モテ男さんが怪訝そうに男の顔を覗き込み、ぷっと噴き出す。


「ははっ、お前なんでそんな目ぇ吊り上げてんの! 可愛い子に抱き着かれて嬉しいだろ? ほらほら、認めちゃったら楽になるぞ~?」


「うるさいっ」


 荒々しく私を引っつかみ、一刀両断男は私を胸ポケットに押し込んでしまった。ああっ、しっぽがキツキツなんですけどもっ。


 短い手足で一生懸命にもがき、なんとか顔だけは外に出すことに成功する。ポケットの縁をつかんで安堵の息を吐いたところで、一刀両断男がくるりと踵を返した。


「ヴィクター?」


「……月の聖堂に行く」


 ぶっきらぼうな一言に、ああ、とモテ男さんが手を打った。


「そうだな、それがいい。……聖獣ちゃん。今から君のご主人様――月の女神ルーナを祀る聖堂に連れて行ってあげるからね? 月の女神信仰は我が国の国教だから、きっと神官たちがありがたがって君を保護してくれるよ」


「ぱえっ!?」


 そ、それは正直助かるっ!

 森に戻されるより断然マシだし!


 どうやら私はいつの間にか、月の女神ルーナさんとやらの手下になっていたらしい。ならご主人様の義務として、ルーナさんにはきっちり私を助けてもらいましょうか!


(さあさあレッツゴー!)


「ぽえっぽえええ~ぃっ!」


 威勢よく雄叫びを上げると、またしてもモテ男さんが胡乱な視線を私に向けた。


「ね、ヴィクター。やっぱこの子、オレらの会話を理解してるよね?」


「気のせいだ」


 かたくなに認めないなー、一刀両断男。


 けれど今はそんなことは置いといて。

 神様というからには、ルーナさんはきっとすごい力を持っているに違いない。私を人間に戻し、日本に帰してくれるかも!


 ようやっと希望の光が見えてきて、私は上機嫌でぱえぱえ歌い出した。


「すっごい喜んでるな~……。あ、そうだ聖獣ちゃん。自己紹介が遅くなったけど、オレはカイル・マクレイ。年は二十六で、こう見えて第三騎士団の副団長をやってるよ。そんで、こっちが――」


 水を向けられるが、一刀両断男は完全に黙殺する。

 モテ男さん改めカイルさんが、諦めたように苦笑した。


「ヴィクター・グレイディ。我らが第三騎士団の団長様にして、ここグレイグ王国の王子殿下だよ」


「ぱええ」


 あんま王子っぽくないけどね。

 カイルさんも思いっきりタメ口使ってるし。


 まるで私の心を読んだかのように、カイルさんが肩をすくめる。


「オレとヴィクターは乳兄弟なんだ。ああ、言っとくけどヴィクターは末の第十一王子だから、王位を継ぐ可能性は皆無だからね?」


 だいじゅういちっ!?


 ……随分と子沢山な王様らしい。

 聞けば大変な艶福家で、お妃様は八人、王女も五人いるんだとか。うん、女の敵だね!


 それまで黙っていた一刀両断男が、「愛人と隠し子もいるはずだ」とボソッと付け足した。なんと。


 私はぐうの音……ではなく、ぱえの音すら出なくなってしまう。

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