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言葉にできない ◆カイル

 魔素?

 魔素……って、一体何なんだ?


 小さな聖獣に戻ってしまったシーナちゃんを胸に抱き、オレは今しがたの彼女の言葉を反芻する。


 この年になるまで、そんな言葉は一度も聞いたことがない。途方に暮れるオレをよそに、ヴィクターが弾かれたようにベッドに駆け寄ってきた。


「シーナッ!!」


「あ……。だ、大丈夫だよ。ちゃんと息はしてるみたいだからさ」


 ほら、とシーナちゃんの体を差し出してやる。ヴィクターは引ったくるようにして受け取った。


「……っ。何がどうなっている……! 魔素とは何だ? それが俺に、一体何の関係がある!?」


 声を荒げるヴィクターに、返す言葉が見つからない。


 魔素が何かはオレにもわからない。

 それでも、一つだけ確かなことはある。


(人間のシーナちゃんにとって、魔素は命取りになる。そして、どうやらヴィクターには魔素がある……?)


 自分は魔素に耐性がない。

 息が詰まって死んでしまうから、人間の時にはヴィクターには近寄れない。


 シーナちゃんはそう言っていた。

 そこから導き出されるのは、ヴィクターは人間シーナちゃんにとって命に関わる毒となる、という残酷な答え。


 ヴィクターにもそれがわかったのだろう、ぶつける宛てのない怒りに激しく震えている。あまりにいたたまれなくて、オレはヴィクターから目を背けた。


「魔素……。このわたしですら、一度も聞いたことがありません」


 キースも苦しげに眉根を寄せる。


「シーナ・ルー様に直接お聞きするしかないでしょうね。体調が回復されてから、今一度人間にお戻りいただくようお願いいたしましょう」


「……そうだね」


 だけど、その時には――……


 オレが言えなくて止めた言葉を、キースが淡々と引き取った。


「ヴィクター殿下は席を外されてください。無論、シーナ・ルー様のお言葉は、ヴィクター殿下にも余すところなくお伝えしますので」


「…………」


 ヴィクターは振り返らない。

 健やかな寝息を立てるシーナちゃんを、食い入るようにして見つめている。


 オレはふっと息を吐いた。

 ヴィクターに歩み寄り、強ばった肩にぽんと手を置く。


「……うつむくなよ、ヴィクター。真実が何であろうと、シーナちゃんはお前に助けてほしいって言ったんだ。オレでもキースでもなく、お前に助けてほしいって言ったんだよ」


「……わかっている」


 ヴィクターが低く吐き捨てた。

 オレの手を邪険に振り払い、シーナちゃんを抱き締めて荒々しく振り返る。


 驚くオレとキースを、鋭い眼光で睨みつけた。


「シーナは俺がこの手で助けてみせる。……だが、その為には助けが必要だ。カイル、キース。お前達二人のな」


 へ?

 ……な、なんて?


 聞き間違いかと、オレは一瞬己の耳を疑った。


 いや、今助けが必要って言った? あのヴィクターが?

 他人の手出し口出し何もかも拒絶して、親友であるオレすら頼らない。一人で全て抱え込み、構うな消えろむしろ迷惑だ、が信条のあのヴィクターが!?


「やかましい」


 げしっと蹴りを入れられた。いやオレ口に出しては何も言ってませんけど!?


「心の声が漏れまくってる! もういい、ロッテンマイヤーにでも頼む事にする!」


「いやいやいや、駄目だってヴィクター! そりゃあ母さんだって喜んで力になるだろうけど、お前が一番に頼るべきはオレとキースだろ!? なあほら、そうだよなキース!?」


 茫然と立ち尽くしていたキースが、我に返って飛びつくように頷いた。


「そ、そうですともヴィクター殿下! シーナ・ルー様をお助けしたい心は三人とも同じなのです! 我ら一心同体、同じ目的に向かって協力いたしましょう!」


「そうそう良いこと言った! シーナちゃんのために頑張ろうなヴィクター!!」


 二人の手を引っつかみ、無理やり握手する。

 ヴィクターはさも嫌そうに眉をひそめ、ややあって小さく頭を下げた。


「……頼む」


『…………!!』


 頼む。頼むって言った。

 しかもほんのわずかとはいえ頭を下げた。

 あ、あのヴィクターがッ!!


 感激に打ち震えるオレとキースを、目元を赤くしたヴィクターがまとめて蹴り飛ばす。笑ってそれを避けながら(キースはまともに受けて吹っ飛んでた)、オレはにじんだ涙をこっそりぬぐう。


 すやすや眠るシーナちゃんに、心の中で手を合わせた。


(ヴィクターは、君のお陰で変われるかもしれない。……本当にありがとうな、シーナちゃん)


 天真爛漫で周囲を惹きつけてやまない、光のような存在。ヴィクターだけの小さな聖獣。


 人間に戻った彼女は、守ってあげたくなるほどに華奢で弱々しかった。

 涙で潤んだ黒の瞳に、さらりとして指通りの良さそうな金茶色の髪。ふわりと微笑まれ、心臓が鷲掴みされたような心地になった。


(……うん。正直、めちゃくちゃ好みだったんだけど……)


 それは墓場まで持っていくことにしよう。

 ヴィクターにバレないよう、下を向いてこっそり舌を出すオレだった。

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