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33.第三騎士団の日常

 それから数日。

 ヴィクターにくっついて毎日出勤する中で、私もだんだんと第三騎士団のお仕事について詳しくなってきた。


 第三騎士団は、魔獣の討伐依頼がない日はおおむね平和。

 団長であるヴィクターは執務室で書類仕事に精を出し、団員さんたちは訓練やら王都近辺の見回りやらに当たるらしい。


 どうやらヴィクターはじっと座っているのが苦手なようで、書類仕事が続くと悪人顔に磨きがかかってくる。そんな時はいつもカイルさんの出番で、今日もちょうどいい頃合いに執務室に顔を出してくれた。


「こっちの書類はオレがやっておくよ。ヴィクターは団員たちをしごいてきたら?」


「……ああ」


 むっつりと頷き、立ち上がる。

 不機嫌そうに見えて、その顔はせいせいしたように明るくなっていた。最近ではだいぶわかるようになってきたんだよ。


「ぱえっ」


 てっ、と両手を上げると、ヴィクターはすぐに私を肩に載せてくれた。私は彼の首をよじ登り、うつ伏せになって頭にしがみつく。


「ごゆっくり~」


 カイルさんに見送られ、外にある訓練場へ。

 数日続いた雨は今朝になってようやく止んだものの、地面はまだぬかるんでいた。それでも団員さんたちは怯むことなく、走り込みやら素振りやらに没頭している。


 ヴィクターが訓練場に足を踏み入れた途端、辺りにピリッとした緊張感が漂った。


「お疲れ様です、ヴィクター団長ッ!」


『お疲れ様ですッ!!』


 みんなで一斉に唱和する。うんうん、今日も体育会系だねー。


 ヴィクターの頭に座り直して感心していると、すぐさま騎士が一人駆け寄ってきた。その手には、ロッテンマイヤーさん作とは別の木箱ベッドが抱えられている。


「どうぞ、シーナ先輩!」


「ぱぇあ~」


 鷹揚に頷き、ヴィクターの頭から木箱の中に移動する。

 中のクッションはロッテンマイヤーさんの作ったものより硬い手応えで、座りやすい。日中はこちらの巣箱をソファとして愛用していた。


「背もたれ用のクッションも追加してみたんす! オレの手作りだから、縫い目ガタガタっすけど……」


 てれっと笑うのは、先日狼型魔獣の襲来を知らせてくれた見習い騎士くんだ。名前はリックくんといって、まだ十五になったばかりだそう。


 本人は謙遜するけれど、なかなかに器用な子なのだ。

 座り心地を確かめて、私はしっぽを振りつつ「ありがとう」の意を込めてお辞儀する。


 それを見た他の騎士たちも、わらわらと私に群がってきた。


「シーナちゃん、自分からも差し入れです。川で拾った綺麗な石」

「シーナたん、今日も可愛いでちゅね~」

「シーナ殿、喉が渇いてはおりませぬか? りんご握り潰しましょうか?」

「シーナ様、どうぞもふらせてくださいまし」


「――えぇいやかましいっ! 訓練に戻れっ!!」


 ヴィクターの雷が墜ちて、わっと蜘蛛の子を散らすようにみんな逃げていく。

 唯一残ったリックくんが、私の木箱を抱き締めたまま震え出したので、私は慌てて彼に向かって手を伸ばす。


「ぱぇぱぁ、ぱぅえ~」


(ヴィクター、別に本気で怒ってないから)


 その証拠に、私が死にかけていない。

 最近のヴィクターは怒った振りをしていても、その実機嫌が良かったりするのだ。だったら笑えば周囲の緊張も解けるだろうに、相変わらず面倒くさい男だよね。


「ぷうぅ」


 やれやれと肩をすくめると、リックくんもつられたようにクスリと笑った。


「大丈夫だよ、って言ってくれてるのかなぁ。聖獣さまって優しいんすね。ううん、シーナ先輩が優しいのかな?」


「ぱえぱえ」


 そうそう。

 おどけてしっぽを振ってみせる。


 私が聖獣だということが団員全員にバレるまで、結局一日もかからなかった。早すぎ。

 けれどそれで壁ができることもなく、言いふらされることもなく。私は毎日平和にここで過ごさせてもらっている。



 ――バシンッ



 不意に、何かを打つような重い音が聞こえた。木箱の中から振り向くと、木剣を手にしたヴィクターが団員に稽古をつけてあげているのが見えた。


「……すっげえなぁ」


 リックくんがぽつりと呟いた。その目は羨望に輝いている。


「オレも、早く一人前の騎士になりたいっす。……うちは貧乏だし、オレは長男なんだから。しっかり稼いで親に仕送りしなきゃいけないんす」


「……ぱぅ」


 ……でも、リックくんはまだ子供でしょう?


 まだまだあどけない顔つきのリックくんが、命の危険のある戦闘職につくなんて。日本とは違う世界だと頭ではわかっていても、私は暗澹(あんたん)たる気持ちになってしまう。


 そもそもこの第三騎士団は、第一・第二騎士団とは違い、ほとんどが平民で構成されているらしい。

 犯罪捜査専門の第二騎士団は、上層部は貴族で固められ、平民出身の騎士はいるものの富裕層の出ばかり。王族を警護する第一騎士団にいたっては、騎士全員が貴族なのだそうだ。


(そう考えると、不思議だよね……)


 王子であるヴィクターが、第三騎士団の団長をしていること。

 城で暮らしていないことといい、この国のヴィクターに対する扱いが透けて見える気がする。それもこれも全部、あの緋色の瞳のせいなのだろうか。


(迷信に囚われて、かぁ……。嫌な感じ)


 ぷっとむくれ、稽古に汗を流すヴィクターを見守る。不機嫌そうな顔をしているくせに、その姿は至極楽しそうに見えた。


 稽古場の上に広がる空には雲ひとつない。

 数日降り続いた雨が嘘のように、美しく晴れ渡っている。……うん。この分なら、きっと。


(今夜は、月が見えるよね……)


 急に心臓がどきどきしてきて、慌てて目を閉じる。

 決意を胸に、きゅっと手を握り締めて武者震いする私であった。

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