表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/101

29.不可思議な炎

「シーナ、お前は留守番だ」


「ぱ、ぱえぇっ!」


 大剣を手にしたヴィクターから冷たく告げられ、私は激しく首を横に振った。


 わかってる。私がついて行っても足手まといにしかならない……どころか、魔獣への恐怖でまた死にかける可能性だってあることは。

 この世界で最初に遭遇した熊モドキの姿を思い出し、すうっと背筋が冷えていく。


(……だけど)


 これからずっとヴィクターの側にいるつもりなら、彼が普段どんな仕事をしているのか知っておきたい。どれだけ危険な日々を送っているのか、理解しておかなければならないと思うのだ。


(私だけ、安穏と隠れてはいられない!)


 無意識に逃げ出しそうになる足に力を入れて、ぐぎぎと踏ん張る。挑むようにヴィクターを睨みつければ、彼は苦々しくため息をついた。


「……押し問答をしている時間は無い。キース!」


 私の頭越しに叫び、キースさんが「はい」と冷静に返事をする。


「シーナが来るのなら、どうせお前も供をするつもりだろう」


「無論。シーナ・ルー様のことはわたしにお任せください。命に替えてもお守りすると誓いましょう」


 静かながら、揺るぎのない声音で宣言した。

 圧倒されて固まる私を引っつかみ、ヴィクターは荒々しく歩き出す。カイルさんもすかさず後に続いた。


「――行くぞ!」



 ◇



 騎士団の本部らしき建物から出たヴィクターたちは、準備されていた馬にひらりと跨った。騎士であるカイルさんだけでなく、キースさんも当然の顔をして、見事に馬を駆って並走する。


 ヴィクターの胸ポケットに入れられてしまった私は、必死に背伸びをして顔だけ出した。雨はさっきよりは弱くなっていたものの、それでもしとしとと私たちを濡らしていく。


 体が激しく震えるのは、恐怖のせいなのか寒さのせいなのか。自分でもわからないけれど、逃げるつもりなんてさらさらなかった。


 舗装された石畳の道路を疾走し、街の入口らしき大きな門をくぐって外に出る。


「――いたっ!!」


 カイルさんが鋭く叫んだ。

 はっとして前方を見ると、警備兵らしき男たちの後ろ姿が見えた。皆武器を構えてはいるものの、明らかに及び腰になっている。


「キース、シーナを!」


「ぱぅええっ!?」


 突然ヴィクターに体をつかまれ、ぽーんと後方に放られる。しかしその狙いは正確で、私は無事にキースさんの手で受け止められた。


「ぱ、ぱぺ。ぱぺぺっぺぇ」


「シーナ・ルー様、お気を確かに! ヴィクター殿下は後でしっかりお説教しておきますのでっ」


 ガタガタ震える私を、キースさんが一生懸命に撫でてくれる。ああああの男、後で絶対一発殴る……!


 鼻息荒く決意する私をよそに、ヴィクターと、後ろに続くカイルさんも剣を抜き放つ。馬の速度がぐんっと早くなり、流れに乗るようにしてヴィクターが無造作に大剣を振った。


『グギャッ!』


「……っ!」


 金属音が混じったような不快な悲鳴が聞こえ、私は思わず耳を押さえる。

 恐る恐る前方を確認すると、真っ黒な狼らしき獣が幾頭も集まっていた。今ヴィクターにやられた狼は街道に倒れていたが、ざっと見た限り残り五頭はいる。


 狼たちは怒りのうなり声を発すると、姿勢を低くして攻撃態勢に移った。


「ぱぇぱぁー!」


(ヴィクター!)


 カイルさんは後方支援要員なのか、動かない。

 ヴィクターだけが臆することなく前に出る。


 凄まじいスピードで飛び出した狼が、ぐわっと大きく口を開いた。みしみしと口角が裂け、顔のほとんどが鋭い牙の生えた口だけになる。


(ひ……っ)


 恐怖に喉がひりつく。

 キースさんが私を抱く手に力を込めた。


「――はッ!」


 短く気合いを発し、ヴィクターが動いた。

 熊モドキを倒したときと同じように、狼の首が一刀両断されて宙を飛ぶ。


(な、なんて怪力……!)


 続く狼たちも難なく打ち倒していく。


 恐ろしくてたまらないのに、ヴィクターの洗練された動きから目が離せない。おかしいな、ホラー映画もスプラッタ映画も苦手だったはずなのに……。


 現実感が薄くなり、私はぼんやりとヴィクターの姿を目で追った。冷たい雨に打たれ、体の芯がしびれていく。


 ヴィクターも、寒くないかな。ううん、きっと大丈夫だよね。だってヴィクターは、あんなにも……。



 あんなにも?



「……ぱえっ?」


 不意に、私は目を見開いた。

 ぱちぱちと瞬きして、息を詰めて目を凝らす。


「シーナ・ルー様?」


 キースさんが怪訝そうに私を見下ろしたが、私は彼に答える余裕はなかった。ヴィクターの体から、真っ赤な炎が立ち昇っているのが見えたから。


(え、え? どうして? 燃えてるわけじゃない、よね?)


 ……だってあれは、本物の炎じゃない。

 真っ赤に光って揺らめいて、けれど服は燃えていないし、後ろの風景が薄く透けて見えている。瞬きすら忘れて幻想的な光景に見入った。


(あっ……!)


 よく見たら、あの狼の魔獣も炎をまとってる。ヴィクターみたいに綺麗な赤じゃなくて、禍々しく赤黒い炎。


 せわしなく首をひねって見渡せば、地に倒れた狼には何も見えなかった。これって一体どういうこと?

 茫然と固まっていると、突然キースさんが悲鳴を上げた。


「カイル!」


(え!?)


 はっとして意識をこの場に戻す。

 ヴィクターの大剣をすり抜けた狼が、鋭い牙を剥き出しにカイルさんに襲いかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ