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27.届け、この思い!

「ぱえぇ~っい!」


(はい、注目ーっ!)


 ぜいぜいと息を荒くした男たちがやっと黙ったのを見届けて、私は一声大きく鳴いてみせる。

 途端に全員の視線が集中し、私はそっくり返って彼らを見下ろした。


 小さなお手々でびしっと窓の外を指し示す。相変わらず雨がひどく降っていて、空は分厚い雲に覆われて薄暗い。


「ぱえ」


 月。


「ぷうぅ」


 出てない。


「ぱえ」


 ワタシ。


「ぽえ、ぽぇ~ん」


 ニンゲン、モドレナーイ。


『…………』


 最後はさも悲しげな顔をして首を振ったのに、男たちは完全に沈黙してしまった。……あれ、駄目? 伝わんなかった?


 ややあって金縛りが解けたらしく、彼らは寄り集まってひそひそと相談し合う。


「おい。今のが理解できたか」


「そうだねぇ……。雨降ってるよ、おやつ食べたいよ、とか?」


「脈絡がなさすぎるでしょう。雨が降っております、わたしの心もまた荒れ模様でございます……とか?」


「ならば、こうか。雨が降っている。かつてやられた古傷が疼く」


 全員違うよ。


(うぅん、やっぱり無理かぁ)


 がっくりきて、その場にへたり込んでしまう。

 ヴィクターは忌々しげに舌打ちすると、怖い顔で私に歩み寄ってきた。な、何? なんか怒ってる?


 びくびくする私に、ヴィクターは無言で手を差し伸べた。


「……ぱぇぱぁ?」


(ヴィクター?)


 驚いて彼を見返すが、ヴィクターは手を引っ込めなかった。ためらいつつも、私はおずおずとその手に小さな足を載せる。

 私を肩に移動させると、ヴィクターはバツが悪そうに視線を逸らした。


「……片時も離すな、と言ったのはお前だろう。事情もわからんし迷惑極まりないが、ひとまずは側に……置いてやらない、こともない」


「……っ」


 途端に心臓が跳ね、息が止まりそうになってしまう。


(どうしよう……)


 嬉しい。

 嬉しい!


「ぱぇぱぁー!」


「やかましい。耳元で騒ぐな」


 低く吐き捨てるけれど、こっちはちゃんとお見通し。耳がしっかり赤くなってるよ!


 ぱうぅと含み笑いして、しっぽをぱたぱた上下させる。やった、やったよルーナさんっ。これって人間戻るための第一歩だよね!


 私たちのやり取りを見て、カイルさんとキースさんも安堵したように頬をゆるめた。


「やれやれ。それでは改めて、これからのことについて話し合いましょうか」


「そだね。幸い今日は急ぎの討伐依頼もないことだし。……ああ、そういえばシーナちゃんお腹すいてない? 昨日の夜からずうっと寝てたから、今日は朝も昼も食べてないだろ」


「ぱえっ?」


 なんと。

 まだ午前かと思っていたのに、もう昼を過ぎていたらしい。寝すぎ……っていうか、二食分も食べそこなっちゃった。もったいないぃ。


 打ちひしがれる私を見て、カイルさんが「団員用の食堂から何か調達してくるよ」と颯爽と部屋から出ていった。大喜びする私に、ヴィクターはあきれ顔だ。


「本来シーナ・ルーは食事を必要としないのだろう。食い意地の張った奴だ」


「まあまあ、ヴィクター殿下。元が人間でいらっしゃるのですから、食事を取らないのは据わりが悪いのでしょう。きちんと気遣って差し上げなければなりませんよ」


 そうそう、キースさんいいこと言った!


(ま、本当に食い意地が張ってるだけなんだけどね!)


 上機嫌でヴィクターの肩の上を飛び跳ねる。ふわふわ毛並みが彼の頬をくすぐって、ヴィクターがしかめっ面で私の首根っこをつかんだ。ぎゃっ?


「飯が来るまでにもう少し事情を話せ。人間には戻れないのか?」


「ヴィクター殿下! そのように猫の子を持つように扱うものではありません!」


 キースさんから鋭く叱責されて、ヴィクターはグッと詰まる。危なっかしい手付きで私を抱っこして、部屋の中央にあるテーブルにそっと置いてくれた。


 キースさんもすぐさまテーブルを囲むソファに腰掛けて、嬉しそうに身を乗り出す。


「それで、いかがですシーナ・ルー様? 今この場で、人間に戻ることは可能ですか」


「ぱぅえ~」


 無理無理、とかぶりを振ると、キースさんは「ですよね」とあっさり頷いた。


「戻れるものならば、もっと早くに戻ってくださったでしょうし。……では、質問を変えます。シーナ・ルー様が人間に戻るためには、何らかの特定条件が必要なのでしょうか?」


「ぱえっ」


「やはり。では条件が揃えば、事情を説明していただけますか?」


「ぱえぱえっ」


 てきぱきと会話する私たちを無言で眺め、ヴィクターはやおら踵を返した。執務机らしきところから、何かを手にして戻ってくる。


「シーナ。筆談はできるか?」


「ぽえ?」


 目を丸くして彼を見上げる。

 ヴィクターが私の鼻先に突き出したのは、紙に羽根ペン。それからインク壺。


(……えっと)


 途方に暮れて、じっと硬直してまう。

 そういえば今さらだけど、私たちって普通に会話できてたよね。きっとルーナさんが異世界語をわかるようにしてくれたんだろうけど……文字はどうかな?


 迷いつつも、シーナちゃんの身長を超える長いペンを受け取った。体全体で抱え込むようにして、四苦八苦しながら紙に書きつける。


『こ ん に ち は』


 ひらがなヨレヨレ。うーむ、難しい。

 しかし私はあきらめなかった。今の苦しい状況を伝えるべく、全神経を集中させて書きつづる。


『シーナ もふもふ』


『ほんとは 日本人』


『カオ うすい』


 ……検索ワードの羅列みたいになったな。

 ちなみに「日本人」は漢字で書けたよ。

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