表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/101

23.シーナ・ルーの眼

 え?

 それってどういう意味?


(私が……選んだ?)


 わけがわからず、目を丸くしてルーナさんを見る。

 ルーナさんは私の膝から一匹シーナちゃんをすくい上げると、意味ありげに微笑した。


「わたくしはね、あくまで『この世界の生き物となれ』とあなたに呪いをかけただけなのよ。それなのに、あなたは犬や猫といった当たり前の動物じゃなく、血に飢えた魔獣でもなく、わたくしの愛しの聖獣シーナ・ルーの姿に変身した。これはね、シーナ。あなた自身がその姿を選び取ったからに他ならないわ」


「え。で、でも……」


 私はこちらの世界の人間じゃないから、聖獣シーナ・ルーなんて見たことも聞いたこともない。

 だからもちろん、シーナちゃんに変身したのは私の意志じゃない。


 目を白黒させつつそう訴える。

 けれどルーナさんは楽しそうな様子を崩さず、手のひらのシーナちゃんに口づけを落とした。シーナちゃんが「ぱうぅ~」とくすぐったそうにふるふる揺れる。


「ならばきっと、本能があなたを突き動かしたのね。それか、あなた自身が月との縁が深いのか……」


「月との縁?」


 ふわふわの毛を撫でながら、ルーナさんが事もなげに頷いた。


「ええ。何と言っても、名前が『シーナ』というぐらいですものね」


 あっ!!


(そうだ、名前――……!)


「ルーナさんっ。実は私の名前、椎名(しいな)深月(みつき)っていうんです! シーナが苗字で、ミツキが名前っ」


 飛びつくようにしてルーナさんに説明する。

 そうだ、私の名前には『月』が付くじゃない。


 小学生の夏休み、「自分の名前の由来を調べてみよう」という宿題が出たことがあった。意気揚々とお母さんにインタビューしてみると、なぜかお母さんはバツが悪そうに苦笑したんだっけ。


『それがねぇ、あんたが生まれた夜の月がとっても綺麗だったから、お父さんが勢いで付けちゃったのよ。まあ、お母さんもいいかなって。ミツキって響きが可愛いと思ったし』


『そっかぁ! すっごくキレーな満月だったんだね?』


 夜空にくっきり輝く、大きなまんまる満月を想像してしまう。

 けれども母は、無情にもきっぱりと首を横に振った。


『ううん、ぜんっぜん。綺麗は綺麗だったけど、満月にはかなり大分惜しい半月強』


『…………』


『しかもお父さんってば、最初は()月にしようって言ったのよ。お母さん必死で止めたわ。美しい、だなんて付けて、名前負けしたらどうするの?って。いやぁ、我ながらいい仕事したわぁ』


 どーいう意味やねんっ!!


 芸人さながらに突っ込む、幼き日の私であった。


 思い出して笑いつつ怒りつつルーナさんに説明すると、ルーナさんは微笑んで耳を傾けてくれた。つと手を伸ばし、私の頭を優しく撫でる。


「そう、月を意味する名前をもらったのね。……ご両親に感謝なさいな、シーナ。名付けというのはその者に強い力を与える祝福なのよ。ミツキという名があったからこそ、あなたはシーナ・ルーになれたのね」


「あ……っ」


 途端に唇がわなないて、目頭がカッと熱くなる。

 慌てて下を向くが、間に合わずに涙がこぼれ落ちた。膝に座るシーナちゃんたちが不思議そうに顔を上げる。


「ぱえ?」

「ぽええ~?」


(お父さん、お母さん……!)


 嗚咽が漏れないよう、きつく唇を噛み締めた。膝を握る手が震える。


 椎名という苗字のお陰で、私はルーナさんに助けてもらえた。

 深月という名前のお陰で、私はシーナちゃんに変身して生き延びることができた。私、ずっと守られてたんだ。


「ぱぇあっ!」

「ぽえ、ぽえぇ~っ!」


 頭上から突然降り出した雨への抗議だろうか、シーナちゃんたちが大騒ぎする。短い足で懸命に背伸びする彼らに噴き出して、私はしゃんと顔を上げた。


 じっと私を見守るルーナさんに、涙をはらって笑顔を向ける。


「ということは、私が今生きてるのは両親とルーナさんのお陰ってことですね。……これは、ますます死ねなくなっちゃった!」


「その意気よ、シーナ」


 ルーナさんもくすりと笑った。

 身を乗り出して、手のひらのシーナちゃんを私の肩にそうっと載せてくれる。涙の跡が残る頬に、シーナちゃんがすりすりと身を寄せた。


(くすぐったい……)


 うん、大丈夫。

 私はまだまだ頑張れる。


「ルーナさん。魔素への耐性のつけ方を、私に教えてください」


 改めてルーナさんに向き合えば、ルーナさんも姿勢を正して頷いた。いつになく真剣なその様子に、私は固唾を呑んで答えを待つ。


「緋の王子に四六時中張り付きなさい」


「…………」


 それ、もう聞いた。


 ガクッと肩を落とす私に、ルーナさんはころころと笑う。


「ごめんね、シーナ。でも本当に、今はそれしかできることがないの。――だって今のあなたには、まだ何も見えていないのでしょう?」


「へ……?」


 ルーナさんは軽やかに立ち上がると、座ったままの私に手を差し伸べた。

 何事か察したのか、私の膝のシーナちゃんたちが、ぽふんぽふんと花畑に飛び降りていく。


「見えるようになれば次の段階に進めるわ。いいこと、シーナ? 元が人間であれ、今のあなたは紛れもなく聖獣シーナ・ルーなの。人としての目で見るのではなく、シーナ・ルーの(まなこ)を見開きなさいな」


「え? え?」


「緋の王子を見るのよ。そして決して離れないで」


 ぐいっと腕を引かれ、突然肩を突き飛ばされた。以前と同じように、私の体が宙に浮く。


「ル、ルーナさっ」


「頑張ってねぇ、シーナぁ~」


 ルーナさんの声が小さくなっていく。

 ぐんぐん、ぐんぐん。私は闇の底へと落ちていった。

ブクマ、☆ご評価、いいねありがとうございます!

次話からまた人間界に戻ります☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ