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21.伝えたい

 これまでだって、ヴィクターは充分すぎるほどに恐ろしかった。

 恐怖耐性の低いシーナちゃんが、たった数日間で何度も気を失ってしまうぐらい。そのたび私は死を覚悟した。


 ――けれど。


「ぁ……ぅ」


 怖い。


 今はシーナちゃんじゃなくて人間なのに、恐怖にからめ取られて息ができない。

 ヴィクターの大きな手でベッドに縫い止められ、重い体にのしかかられて。身じろぎ一つ叶わなかった。

 圧倒的な力の差に、ガタガタと激しく震えが走る。


 凍えるように冷たい眼差し。シーナちゃんだった時はどんなに怒られても、こんな目で見られたことはなかったのに。


(ちがう、の。ヴィクター。わたし、は……)


 はくはくと口を開くけれど、声が一切出てこない。情けなくあえぐばかりで、どんどん呼吸が苦しくなる。……いや。


 ここに至って、ようやく私は己の異変に気がついた。


(違う、ホントに酸素が取り込めてないんだ! 私、もしかして魔素で窒息しかけてる……!?)


 さっきまでは何ともなかったのに。


 茫然とヴィクターを見上げる間にも、少しずつ意識が遠のいていく。駄目だ、このままじゃ、死――……


「――答えろ、女」


 感情の全くこもっていない声。

 苦しむ私を、ヴィクターは容赦なく詰問する。


 朦朧(もうろう)とした意識のまま、私は彼の緋色の瞳をぼんやりと覗き込んだ。

 炎みたいに燃えているのに、氷よりずっと冷たそう。きっと触れたら、火傷じゃなくて凍傷になっちゃうんだ……。


 どんなに美しくても、触れることの叶わない。

 蠱惑的で、ひどく残酷な色。


「ぁ、ぉ、おね、がぃ……っ」


「…………」


 必死で声を絞り出したのに、ヴィクターの冷めた瞳は少しも揺らがない。

 苦しくてたまらなくって、目尻から生理的な涙がこぼれ落ちた。ふるふると小さく首を振る。


「ヴィ、ヴィク……、タ……ッ」


「……? お前……?」


 初めてヴィクターの表情が動いた。

 怪訝そうに眉をひそめ、覆いかぶさったまま探るように私を見つめる。


(お願い、ヴィクター……!)


 心の声が通じたのか、わずかにヴィクターの力がゆるんだ。

 私は大きく息をつくけれど、それでもやっぱり呼吸はできない。目の奥がチカチカする。


 危険信号だ、残念ながらこれで時間切れ。せっかく人間に戻れたのに。


(……ああ、でも……)


 今ここでシーナちゃんに姿が変われば、言葉なんかなくてもヴィクターに証明できる。私が本当は聖獣なんかじゃなく、ただの人間なんだって。

 それだけでも、人間に戻った甲斐はある。


 それ以外に伝えるべきことはなんだろう。

 まともにしゃべることのできないこの状況下、人間でいられるうちに、最優先で彼に伝えなければならないこと。


(そうだ……っ)


 血がにじむほどきつく唇を噛み、私は決死の覚悟でヴィクターを見上げた。もう本当に限界が近くて、目にいっぱい涙がたまる。


「ヴィ、ヴィク、タ。ぉね、がぃっ」


 緋色の瞳が見開かれる。

 私を拘束していた手が完全に離れて、私はすがりつくように彼に腕を伸ばした。ぎゅっと騎士服を握り締める。


「ね、がぃ……っ。わたし、を……」


 消え入るように声が小さくなっていく。

 顔をしかめたヴィクターが、距離を縮めて耳を私の唇に近づけた。それに勇気づけられ、私は最後の力を振り絞る。


「わたしを、たすけて……。あなた、の、そば……に」


 置いてほしい。

 どうか、どうかこれからずっと。


「はなさ、ないで……っ」


 お願い。お願いだよヴィクター。

 私を片時も離さないで。あなたの一番近くにいさせてほしいの。


 うわ言のように繰り返しながら、目を閉じた。


 ――だって、そうじゃなきゃ。


(……呪いが、解けなくなっちゃう、から……)


 必死でヴィクターをつかんでいた手が、ぱた、と力なく落ちてしまう。


 頬を流れる温かな涙を感じながら、私は心の中で強く念じた。お願い、呪いよ戻ってきて。私を、私をもう一度シーナちゃんに変身させて――……


「……は?」


 温かな光が私を包み込む。

 ヴィクターの唖然とした呟きを聞いたのを最後に、私の意識は闇へと沈んでいった。

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