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2.お肉じゃないよ、ほぼ毛だよ

 ぴちょん。


(あったかい……)


 ふわふわ、と体が浮いているような心地がする。

 顎の下をくすぐられ、気持ちよさに鼻を鳴らした。まだはっきりとしない意識のまま、優しい指にうっとり身をゆだねる。


(う~、もっとぉ……)


 ねだるように体をこすりつければ、「……っ」と息を呑む声が聞こえた気がした。なになに、ずうずうしいってか?


 ぷっと頬をふくらませ、しっかりとくっついていた目を開く。唇を真一文字に引き結んだ、怖い顔の男がいた。


(うっぎゃーーーーっ!!?)


 こ、こいつは熊モドキ一刀両断男っ!!

 一難去ってまた一難ーーーー!?


 ヒッと体を離すと、水がばしゃんと跳ねた。

 どうやら私はお風呂……ではなく、お湯が張られた桶の中にいるようだ。脱出しようとするのに、手足がつるつる滑って出られない!


(こ、殺さないでぇっ)


 うるうると目をうるませれば、男は低くうなって私を睨み据えた。血走った目が吊り上がり、ただでさえ怖い顔がますます怖くなる。ヒィィッ!


「ぽ、ぽええぇ~」


(お、お肉はたいして取れないと思うんですっ)


「ぱぇっぱえぇ~」


(九割は毛でできてるっていうかぁっ)


「ぱぇ、ぱぅえ~?」


(あ、でも出汁くらいなら出るかもしれませんけどね?)


 いや駄目じゃん。

 食べてもらう方向に自己アピールしてどうする私。


 はっ。てかもしや、ここは桶ではなく鍋の中とか? なんてこと、料理はすでに始まっていたのね!?


 ぱぺぺぺぺと高速で震えていると、押し殺したようなため息が聞こえた。大きな手が伸びてきて、私をお湯からすくい上げる。


「ぴぇっ?」


 身をすくませた瞬間、やわらかなタオルに包み込まれた。

 そのままわしわしと荒っぽく体をぬぐわれる。


(……んん? もしや、洗ってくれた、の?)


 熊モドキの血を浴びたはずの私の体からは、石けんの良い香りが立ち昇ってくる。ほっと安堵して、強ばっていた体から力を抜いた。


 タオルのお陰で怖い顔が見えなくなって、ようやく心臓の鼓動が落ち着いてくる。よかった、熊モドキに襲われた時もそうだったけど、尋常じゃないくらいバクバクいってたんだ。


 目を閉じて体を拭き終わるのを待つ。あ、長いお耳の後ろもしっかり拭いといてね。うんうんそこそこぉ~。


(……にしても、この体って一体何なんだろ?)


 ふんわりしたタオルの中、今さらな疑問に首を傾げる。


 山から滑落した私は、気がつけば知らない森の中にいた。そしてなんと、人間じゃなくなっていた。


(体毛は真っ白……。そして耳が長め、とくれば、うさぎなのかと思うけど)


 でも、うさぎにしては小さすぎる気がする。

 森をさまよううちに見つけた泉で、自分の姿を映して確認してみたけれど、体長はハムスターに近いかも?


 たんぽぽの綿毛みたいにやわらかな体、短くてちまっとした手足。へにゃりと垂れた長耳に、ふさふさのしっぽ。そして大きくてまんまるな黒い瞳。


 我ながらめちゃくちゃ可愛かったけど、もちろん問題はそこじゃない。


(人が動物になるだなんて、そんなファンタジーなことってある? て、いうかそもそも)


 この状況こそが、とってもファンタジーなのかもしれない。


 一瞬で違う場所に来てしまったこと、姿が変わってしまったこと。

 そしてそして、あの熊モドキ! 角の生えた熊なんて、少なくとも日本にいるはずがない。


 それに――


(一刀両断男だって、冷静に考えれば銃刀法違反でしょ? それに、あの緋色の瞳!)


 まるでルビーみたいに綺麗だったけど、たとえテレビの中だって、あんな色を持つ人に出会ったことはなかった。


 むううと考え込んでいると、不意にタオルが取り払われた。足元が揺れ、ぽてんと転げてしまう。短足すぎてバランス取りにくっ。


 仰向けのままじたばた暴れる私を、またしても大きな手がすくってくれた。


「…………ぱぅ」


 強烈な威圧感に、男の手の上で腹ばいになり、必死で頭を抱え込む。降参、降参でございます~。


 きっと今、あの鋭い瞳で見下されている。想像しただけで、なぜだかあっという間に背筋が凍えていった。

 体が小刻みに震え出し、きつく歯を食いしばる。なんか……、息が、苦し……。


「ヴィクター?」


 突然、明るい声が降ってきた。


 呪縛が解け、私ははっと顔を上げる。

 一刀両断男も声の聞こえた方を向いていて、私はようやく男の鋭い視線から解放された。すっかり冷えきってしまった体に、みるみる血が通い出す。


 恐る恐る観察した男の横顔は、さも不機嫌そうにしかめられていた。


「……勝手に入るな。カイル」


 吐き捨てるようにして叱責する。

 初めて聞いた男の声は低く落ち着いていて、私は目をしばたたかせた。大きな手の上、慎重に体を起こして男の視線を追う。


 どうやらここは部屋の中のようで、入口のドアにもたれるようにして茶髪の男が立っていた。

 さらさらした髪質にすっきりとした顔立ちの、いかにもチャラそうな男。……って、いくらなんでもそれは偏見が過ぎるか。


 とにかく、重苦しい空気をまとった一刀両断男とは真逆の、気安い雰囲気のモテそうなイケメンだ。

 己に向けられた怒りは全く意に介さず、彼はからかうように肩をすくめた。


「そう怒るなって。()()お前が動物を拾ってきたって、部下たちが大騒ぎしてたもんだから。そりゃあ気になって見にくるでしょ」


 飄々と告げるなり、こちらに歩み寄ってくる。

 その服装は一刀両断男と全く同じで、金の縁取りの軍服みたいにかっちりとした服。そして腰には細身の剣を()いている。


 そこまで素早く見て取ったところで、私の視界がさっと暗くなった。

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