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17.またも、寝過ごしまして

 チュンチュンチュン――……


(……はっ!?)


 鳥のさえずりに突然意識が覚醒し、私はぱっと目を開けた。……あ、あれ? なんだか既視感(デジャブ)


 慌てて周囲を見回せば、悪い予感が当たって私はベッドに一人きり。

 不機嫌な保護者の姿はどこにもなく、おろおろとシーツの上を駆け回る。シーツに温もりは残っていなくて、きっとヴィクターが出ていってからもう大分時間が経つのだろう。


(うわああ、私の馬鹿っ!)


 まさかの二日連続大失態。

 私はぽふぽふと己の頭を叩きまくる。


 昨夜はそう、夕食の後で部屋に戻って、ヴィクターは「入浴してくる」と言い残して消えてしまって――……


(私は夕食前にロッテンマイヤーさんに洗ってもらってたから、大人しく帰りを待つことにしたんだっけ)


 まあ、どちらにせよヴィクターのお風呂の中にまではついていけない。見た目は小動物でも、私はれっきとした成人女性なのだから。


 それで暇を持て余し、シーツの上をころころ転がって一人遊びしていたわけですが。


「…………」


 そこからの記憶が全くない。

 多分きっと、寝落ちしちゃったんだな。


(シーナちゃんって、もしかして体力に難ありなのかもしれないな……)


 ついつい人間のつもりで行動してしまうけれど、もう少し注意深くこの体を気にかけてあげるべきなのかも。呪いが解けるまではお世話になるわけだし。


 うじうじ反省していたら、ドアが控えめにノックされた。朝からピシッとしたロッテンマイヤーさんが現れる。


「おはようございます、シーナ様。ご朝食をお持ちいたしました」


「ぱええ~!」


 悩むのは後にして、私はとりあえず食欲を満たすことにした。……や、シーナちゃんに食欲は存在しませんけどね?



 ◇



「お帰りなさいまし、旦那様」


「ぱえっ!」


「ああ。……これを」


 夜。


 帰宅したヴィクターは、挨拶もそこそこに手に持っていた木箱をロッテンマイヤーさんに押しつけた。ロッテンマイヤーさんが不思議そうに、蓋のない空っぽな木箱を覗き込む。


「……失礼ですが、こちらは?」


「適当に布を敷き詰め、毛玉の寝床にしろ。いい加減こいつに俺のベッドを占領されるのはうんざりだ」


 ヴィクターがさも不快げに吐き捨てた。……って、ヴィクターあなた。


 驚きのあまり、私は「ぱっ!」と絶句してしまう。


(ベッドを占領、って。シーナちゃんはこんなに小さいのに?)


 たとえ先に私が寝ていたとしても、寝られるスペースは充分あるでしょうに。

 昨日も一昨日も、てっきりヴィクターと二人で寝ていたものと思い込んでいたけれど、どうやらそうじゃなかったみたい。そりゃあシーツに温もりがないわけだわ。


 まさかあのヴィクターが、私(小動物)ごときに己のベッドを譲ってくれていたなんて。意外に優し……じゃなくて、ならヴィクターはこの二日間どこで寝ていたの?


「まあ、でしたら旦那様はどちらで休まれていたのですか?」


 同じことを考えたのか、ロッテンマイヤーさんが慎ましやかに尋ねてくれる。ヴィクターが小さく舌打ちした。


「ソファだ。狭すぎて体が痛んだ」


『…………』


 私もロッテンマイヤーさんも唖然とする。


 馬鹿だ。この男は大馬鹿者だ……!

 断っておくが、ヴィクターの部屋にあるソファは大きい。が、この二メートルはあろうかという巨体には無理があるでしょ!


(私の体をちょっと枕元にでも避ければ、普通に眠れたでしょ。それか、私をソファに移動させればよかったんじゃない?)


 変なところで律儀というか、真面目というか。

 ほら、ロッテンマイヤーさんだってあきれて――……


「ああ、旦那様……! なんとお優しいのでしょうっ」


 へ?


 気づけばロッテンマイヤーさんの顔が真っ赤になっていた。鼻をすすり、うるんだ目元にハンカチを当てる。


「寝ていらっしゃるシーナ様を起こさないよう、気遣われたのでございますね。ええ、ええ。このロッテンマイヤーにお任せくださいまし。最高級の素材を駆使して、シーナ様がお気に召す寝場所をこしらえて差し上げますわ!」


 木箱を手に、勇ましく腕まくりして行ってしまった。……うん、まあ。ふかふかで寝心地が良ければ何でもいいです、ハイ。


「ぱぇぱぁー」


 ぽふぽふと足首を叩けば、ヴィクターが無言で屈んで手を差し伸べてくれる。いちいち嫌そうな顔をするのはいただけないけど、それでも確かに親切ではあるよね。


 肩に載せられ、食堂へと向かう。

 今日の夕飯は何だろう、なんて考えつつ、私はこっそり彼の顔を盗み見た。――相変わらず、吸い込まれそうなぐらい綺麗な緋色の瞳。


 うっとりと見つめれば、ヴィクターが眉根を寄せて顔を背けてしまった。残念。


(……さて。今日こそは)


 夕飯を食べたらすぐに休んで、明日に備えよう。

 今日はたっぷりお昼寝もしたし、大丈夫。きっと明日は起きられる。


 カイルさんにも会いたいし、絶対に職場訪問を成功させなくては。

 しっぽをぱたぱた振って、温かな毛並みをそっとヴィクターの頬に寄り添わせた。

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