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噂のアレの正体は!?【後編】

「ほら。読んでみろ」


「えっ? い、いいの?」


 夕刻。


 半泣きで謝るカイルさんとキースさんへの説教をきっちり終わらせてから、ヴィクターはいつもより大分早めに退勤した。(罰としてカイルさんに残りの仕事を肩代わりさせたっぽい)


 屋敷に帰って自室に直行するなり、ヴィクターは私に一冊のノートを押しつけた。

 地味な色合いで表題すらもないノート。きっとこれがポエム帳なのだ。


「ポエムじゃない!」


「そうでした!」


 首をすくめ、二人で並んでソファに腰掛ける。

 本当にいいのかな、とそわそわしてヴィクターを見上げれば、ヴィクターは無言で首肯した。それで私も安心してノートを開く。


「…………」


 ……ん?

 こ、これって……。


 一瞬固まり、私は大急ぎでどんどんページをめくっていく。

 そこにはヴィクターらしい固く四角張った字で、こう記されていた。



◯日。


健康状態良好。

三食残すことなく完食。

野菜が足りん。ロッテンマイヤーの菓子も食べ過ぎだ。

シェフとロッテンマイヤーに改善を指示。



△日。


ロッテンマイヤーが出入りの商人から新作石鹸を購入。

毛玉は泡まみれになってはしゃいでいた。シャボン玉をこれでもかと飛ばしまくる。

乾かしたところ、毛並みの艶が以前より格段に良くなっていた。継続購入を指示。



□日。


午後、膝にて毛玉が昼寝。

訓練に行きたくとも行けない。間抜けな寝顔。

寝言は「ぷうぷう」「ぷえー」「ぱーぱぱぱぁー」等々。見事な鼻提灯。



…………


…………


…………



「――って、何じゃこりゃあっ!!」


 私はうがぁっと頭を抱え込む。

 ホント何これ、ペットの生育日記か! ねえ私そんなにたくさん寝言いってる!? てか鼻提灯はそっと消しといてよ!!


「ああそれに、ロッテンマイヤーさんのお菓子っ。最初のころより大きさも甘さも控えめになったなぁ、って思ってたんだよ! シェフのお料理だってハンバーグに細かく人参が入ってたりするし!」


 いや、いつも大変おいしくいただいておりますけども!


 ひとり騒ぎまくる私を、ヴィクターは余裕たっぷりに眺める。なんなら口元には微笑まで浮かんでいる。さてはこの男、完全に面白がってるな!?


「まあ、な。一度記録を付け始めると、書かずに休むのがどことなく落ち着かなくなってな」


「几帳面か!」


 そういうとこも好きだけども!


(ああもう、顔が熱い……!)


 顔を隠してうつむく私を、ヴィクターが大きな手で撫でてくれる。いや今の私はシーナちゃんじゃないんだけど、まあいいか……。


 情緒が乱高下しすぎて疲れた。

 ヴィクターの体にもたれかかり、さらにページを進めていく。夢の世界に囚われて、食欲が落ちた私が出てくる。寝ている時はひどくうなされて、少しずつ弱っていく……。



『スープだけでも、と無理やりスプーンを口に当てる。一舐め程度で、疲れたように尻尾を垂らしてしまう』


『毛並みがしおれていく。一体、なぜこんな急に?』


『魔獣が異常に増えている。が、明日は何としても月の聖堂へ行く。月の女神を脅してでも、敵に回してでもこいつを治療させる』



「…………」


 じわっと涙があふれ出し、乱暴に目をこする。ヴィクターが無言で私の肩を抱いた。


「心配、かけたよね……。本当に、ごめん」


 ささやくと、ヴィクターは静かにかぶりを振った。


「いい。その代わり、お前は俺より長生きしろ」


「……風邪ひとつ引いたことのないひとに、勝てる気はしないんだけどなぁ」


 おかしさに震えながら笑う私を、ヴィクターは目を細めて見守ってくれる。ノートを閉じて、私はいたずらっぽく彼を見上げた。


「ね、これからも時々読ませてもらってもいい? ヴィクターの大事なノート。シーナちゃん観察日記」


「毛玉観察記録、だ」


 きちきちと訂正して、ヴィクターは頬をゆるめる。「カイルとキースには言うなよ」と釘を差し、大きな体で包み込むように私を抱き締めた。


 優しくて温かな体温を感じながら、私はそっと目を閉じる――……



 ◇



「ええ〜っ。ポエム帳じゃなかったのぉ?」


「なかったんですよ。一日につきほんの数行の、毛玉ちゃん観察記録です」


 残念がるルーナさんに、私はふんぞり返って頷きかけた。


「約束通り、あれからよく覗かせてもらってるんですよ。時々私も余白にこっそり追加して、その下にヴィクターが返事を書き込んでくれたりもして」


 お昼寝中にヴィクターが夢に出てきたんだよ、と報告すれば、「道理で『ぱぇぱぁー』と寝言を言っていた」とか。カイルさんお薦めの美味しいケーキ屋さんがあるんだって、には「ならば次の休みに行くか」とかとか。


 てれてれと笑う私に、ルーナさんは微妙な顔をする。


「ねえ、シーナ。それって単に……」


「え? 何ですか?」

「ぱえっぽぉ〜?」

「ぷぅえ〜?」


 首をひねれば、シーナちゃん軍団も一斉に私の真似をした。何なに? 何かな?


 ルーナさんはブッフと噴き出して、大笑いしながら私に手を差し伸べる。


「さ、立って。そろそろ帰る時間だわ。明日もまた遊びに来てちょうだいね?」


 花畑に座る私を、細腕でやすやすと立ち上がらせた。膝に載っていたシーナちゃんたちが、ぽてぽてころころと地面に着地する。

 ルーナさんは私の耳に唇を寄せると、何事かすばやくささやきかけた。へっ?


「ルーナさん、今なんて」


 目を丸くする私を、ルーナさんは今日も軽やかに突き飛ばす。落ちていく私に向かって、満面の笑みで手を振った。


「だからぁ! それって単に交換日記だと思うわよ、って言ったの〜!」


「…………」


 えええええっ!?


 え、あっそっか!?

 言われてみれば、そうなのかも!?


 ぶわわ、と一気に顔が赤くなる。

 悶えながら目をつぶり、次に目を開けた時にはヴィクターのベッドの上にいた。シーナちゃん状態の私を、ヴィクターが怪訝そうな顔で覗き込んでいる。


「……っ」


「何やらぷうぷう騒いで暴れていたぞ。そろそろ朝だが、起きられるか?」


 あ、うん。

 無言でこくこく頷いて、ヴィクターの手に抱き着いた。深呼吸して人間に戻り、じいっと彼を見上げる。


「ミツキ?」


「う、ううん。なんでもない!」


 勢いよくベッドから飛び降りて、ちらりと机に視線を走らせた。毛玉ちゃん観察記録はちゃんとそこにある。


(ヴィクターに、これって交換日記だよ、なんて教えたら……)


 恥ずかしがって、二度とお返事を書いてくれなくなっちゃうかも。ダメダメ、それだけは絶対に阻止しなきゃ!


「さ、今日もお仕事がんばろうね!」


 何事もなかった振りをして、とびっきり明るく笑う私であった。

おしまい!


お読みいただきありがとうございました!

ひとまず番外編もこれで終了で、今後は思いついた都度追加していきますね。

番外編を入れたら初めて100話を超える連載となりました。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです☆

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