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噂のアレの正体は!?【前編】

「え? それ本当ですか?」


「そうよ。確かにこの目で見たのよ、間違いないわ」


 ここは、花咲き誇る天上世界。


 花畑に横座りしたルーナさんが、真剣そのものといった表情で頷いた。

 私は目を丸くして、ただ彼女を見返すばかり。膝の上のシーナちゃんが不満そうに鳴いたので、慌ててもふもふな毛並みを撫でつける。


「ぱえ〜」


 しあわせそうに目を細めたその子を見て、他のシーナちゃんたちが我も我もと膝によじ登ってきた。順番ね、と彼らに言い聞かせ、私はルーナさんへと視線を戻す。


「で、でも正直意外すぎるっていうか。まさか()()ヴィクターが、そんなこと……」


「ふふん、シーナもまだまだ青いわね。むしろああいうタイプこそ、内に秘めた熱い思いを文字にして昇華するものなのよ」


 そ、そうだったのか……!


 自信たっぷりなルーナさんに、私もなんとなく納得してしまう。そうかぁ、あのヴィクターがねぇ……。


 今日も今日とて天上世界に遊びに来た私に、ルーナさんが内緒話するみたいにして教えてくれた。

 曰く、ヴィクターは私が寝た後こっそりベッドから抜け出して、ひとり机に向かっている。冊子を開いて何事か熱心に書きつけているようだ。きっと日記帳か、もしくはポエム帳に違いない!


「で、それでねシーナ! ここからが本題なのだけれどっ」


 感心しきりの私に、ルーナさんがうきうきと身を乗り出す。


「あなたにはぜひ、緋の王子の秘密を覗いてきてほしいの! ああ、一体何が書かれているのかしら!? すっごく楽しみだわ!」


「はああっ!?」


 私は仰天して目を剥いた。


 いや、そんなん駄目でしょうがどう考えても! プライバシーの侵害ですよ女神さま!


(って、いうか)


「女神さまは何でもお見通しじゃなかったんですか? 何も私にスパイみたいな真似させなくたって、神さまの魔法でなんとでも」


 声をひそめて耳打ちすれば、なぜかルーナさんがびっくりしたみたいに目を見開く。美しく整った眉をひそめ、非難の眼差しを向けてきた。


「あらまあ、駄目よシーナったら。いかに神であろうと、越えてはならない一線というのはあるものよ」


「人間にだってあるんですけどねぇっ!?」


 なんで私が叱られるかな!?


 怒鳴り返した私に、ルーナさんはきょとんとする。

 そんな彼女を睨みつけ、私は重々しくかぶりを振った。


「ともかく、誰にだって知られたくないことの一つや二つはあるんですっ。ね、だから秘密を暴くだなんてやめときましょう?」


「ええ〜。でもシーナは気にならないの? 緋の王子の秘密の日記帳」


 う、と私は詰まってしまった。

 目を輝かせるルーナさんから、気まずく視線を逸らす。


「それは、まあ……。気にならない、って言ったら嘘になりますけど……」


 そりゃあ、ね。

 もしそれが本当に日記帳なら、きっと私も登場してるに違いないし。……ヴィクターは一体、私のことをどんなふうに書いているんだろう?


 唇を噛み、必死で考え込む。


「大食いすぎてエンゲル係数うなぎ登りだとか、何かと口やかましいとか……? うわぁ、不満だらけだったらどうしよう。はっ、もしやヴィクターってば、人間の私よりもふもふシーナちゃんの方が好きだったりして!? どっ、どどどどうしようルーナさん!」


「あら? そろそろ時間だわ。それじゃあまたねシーナ、ばいば〜いっ!」


 めっちゃ雑に突き飛ばされた。


 っておぉい!? 問題提起するだけしといて追い出さないでよ!?



 ◇



「ううう、というわけなんですよ。カイルさん、キースさん……」


 どんよりと暗い空気を出す私を前に、カイルさんとキースさんは顔を見合わせた。

 カイルさんは笑いをこらえるみたいに頬をぴくぴくさせて、キースさんもぐふっと喉の奥で変な声を立てる。


 む、何だその反応。

 人が真剣に悩んでるっていうのに!


 むくれる私に、二人はとうとう声を上げて笑い出した。


「は、はは……っ! だってさぁ、ミツキちゃんがあまりに的はずれな心配をしてるもんだからっ。ヴィクターがミツキちゃんを疎ましがるわけないだろ!」


「そ、そうですよミツキ様。それに、ヴィクター殿下が、ポエ、ポエム……ぐふっ、ぐふふふふ!!」


「あはははは!! ヴィ、ヴィクターがポエム〜〜〜っ!!」


 バンバンと机を叩いて笑い出す。


 ちっとも親身になってくれない二人を、私は恨めしく眺めた。

 ここは騎士団の執務室で、せっかくヴィクターが訓練に行っている隙にと意を決して相談したというのに。そのためにキースさんだって聖堂から呼び出したのに。


「もお、二人ともいい加減に――……ッ!?」


 不意に、ぞくりと肌が粟立った。

 カイルさんとキースさんの笑顔が凍りつき、床に崩れ落ちた体勢のまま固まってしまう。


「…………」


 ぎくしゃくと振り返ると、そこには般若の形相の大男が突っ立っていた。


「わ、わわっ!? ヴィ、ヴィクタ」

「貴様ら……」


 ヴィクターがすうっと剣呑に目を細めた。

 その瞳は私なんか全く映しちゃいなくて、ただひたすらにカイルさんとキースさんを睨み据えている。みるみる青ざめていく二人を、ヴィクターはくっと鼻で笑った。


「もう一度言ってみろ。誰が、一体何を書いていただと……?」

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