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10.呪われまして、シーナちゃん

 目の前でやわらかく微笑むのは、白のドレスをまとった美しい女性(ひと)。波打つ金の髪は足首まで届くほど長く、微風にふんわりと揺れている。


(この人が、月の女神さま……?)


「挨拶が遅くなってごめんなさいね? 勝手がわからない世界でしょうに、わざわざ聖堂まで会いに来てくれてありがとう。シーナ」


 鈴を鳴らすような軽やかな声。すごく耳に心地いい。


 瞳も髪と同じ金色で、オレンジが混ざったような鮮やかな色。

 彼女のこの世ならぬ美しさに、私はぽうっとなって見とれてしまう。


 彼女は彼女で、興味深そうに私を観察していた。つ、と手を伸ばし、私の髪を優しく撫でる。


「髪の色、変わっちゃったみたいね? わたくしのかけた呪いの影響なのかしら。もったいないわ、せっかく夜みたいに綺麗な黒色だったのに」


「えっ」


 私は慌てて己の髪をつまんだ。

 肩につくぐらいのストレートの髪は、就職してから染めるのをやめてしまった。けれど今はなぜか色素が抜け落ちたように、金に近い茶色に変わってしまっている。


 ……て、いうか。


(今、めちゃくちゃ物騒な単語が出てこなかった?)


 呪い、とかなんとか。


 引きつりながら彼女を見上げれば(彼女は私より頭ひとつ分は背が高かった)、彼女はほわんと微笑んだ。


「ああ、えぇとね。シーナがシーナ・ルーになっちゃったのは、わたくしが呪いをかけたからなのよ」


「…………」


 えええええっ!?


「ちょっ、それってどういうことですか!? なんで神様が平々凡々な一般人に呪いなんかっ。しかも私ってば別の世界の人間なんですけど!?」


 混乱のあまり、相手は神様だというのに荒々しく詰め寄ってしまう。

 けれど彼女は怒るでもなく、上品に首を傾げるだけ。足元でぱえぱえ鳴くシーナちゃんを抱き上げ、もふもふと嬉しげに頬ずりした。いや聞いて!?


「答えてください、月の女神さま!」


「ルーナよ」


「ルーナさまっ」


「嫌だぁ。さま、だなんてよそよそしいわ」


 あぁもう話が進まないっ!


 うっかり脱力しそうになり、そのお陰か少しだけ心が落ち着いてくる。深呼吸を繰り返し、引きつりながらも何とか愛想笑いを浮かべた。


「……あの、申し訳ありません。よろしければ教えていただきたいのですが」


「無理に敬語を使う必要もなくってよ。シーナはこの世界の人間じゃないのだもの。わたくしに対する信仰心なんて、これっぽっちも持ち合わせてはいないでしょう?」


 いたずらっぽくウインクした。


「……っ」


 駄目だ、私ってば思いっきり翻弄されちゃってる。


 でも、それも当然かもしれない。だって私はまだ社会経験も浅い小娘で、相手は異世界のとはいえ神様なのだ。


 となればここは正々堂々、小細工なしでいくべきだ。

 開き直って、真正面から彼女を睨み据える。


「それじゃあルーナさん、どうか教えてください。どうして、私に呪いをかけたの? 私がこの世界に来てしまったのも、あなたの呪いのせいなの?」


「順序が逆だわ」


 ルーナさんはおっとりと微笑んだ。


「逆……?」


「ええ。まず、わたくしはあなたをこちらの世界に転移させた。それから呪いをかけて姿を変えさせた。それが、どうしてなのかって言うと――」


「ぱえ~」


「まあ、待ってちょうだい。うふふふふ」


 ルーナさんの手から脱出したシーナちゃんが、ぱえぱえと走り出す。それを追ってルーナさんも駆け出した。っておぉいっ!


「待ってルーナさーん!」


「うふふ、捕まえてごらんなさ~い」


「ぱぱぱぱぁ~」


「ぱぇっぽぽぉ~」


 他のシーナちゃんたちも続々参加してきて、ものすごくカオスな状況になってしまった。なんでやねん。



 ◇



「では、話を戻しましょうか」


「そもそも脱線したのはルーナさんだからねっ?」


 跳ね回るシーナちゃんたちを眺めつつ、私とルーナさんはみずみずしい芝生の上に並んで座る。ルーナさんの白いドレスの裾と金の髪が広がって、まるで一幅の絵画のように美しい。


(……そう、黙ってさえいれば)


 私はクッと涙をぬぐう真似をする。


 少し会話をしただけでよくわかった。

 間違いない。ルーナさんはとんでもない天然人間……ではなく、天然神様なのだ。きっと彼女の頭の中には、もっふりと隙間なくシーナちゃんが詰まっているに違いない!


「まあ、うふふ。それってとっても暖かそうだわ」


「人の心を読まないで!?」


 私はがっくりとうなだれる。

 や、「無礼者!」だなんて怒られないだけマシかもしんないけどさぁ。


 ガンガンと痛む額を揉んで、改めて彼女に向き直る。


「それで、ルーナさん。『呪い』についてなんですけど」


「ああ、それはね……。うぅん、どこから説明すればわかりやすいかしら」


 彼女はぱちぱちと瞬きすると、小さく首を傾げた。考えをまとめるように虚空を眺め、ややあってゆっくりと口を開く。


「……わたくしはね、実は月の女神なの」


 もちろん存じておりますとも。


「だから月のある世界ならば、どこへだって道を繋げられるわ。それで、あなたの世界にお邪魔したのよ。シーナ」


「ええっ!?」


 この天然女神さまが、一体何をしに日本に来たというのか。


 もの問いたげな視線を感じ取ったのか、はたまたもう一度私の心を読んだのか。

 私が尋ねるより先に、ルーナさんはにっこりと微笑んだ。


「もちろん物見遊山が目的じゃないわ。いかに神とはいえ、道を繋げるのはそれなりに大変だし、相応の魔力だって消費するのだから。わたくしはね、シーナ。――『月の巫女』に相応しい人間を見つけるために行ったのよ」

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