隣人のホビー
一人で晩酌をしている今日この頃。明日からバイト再開か、と思いながら春の夜の雰囲気を感じている。四月からこの都会っぽい街“米華町”に上京してきて、ここでの生活も慣れてきた。職場関係も良好。自分の時間に余裕が出て、趣味にも没頭できる。今の環境には本当に文句なしだ。
いやーしかし夜というのは気持ちいい。”夜”というだけでこうも違ってくるものなのか。そんなことを感じながら、社畜どもがぞろぞろと駅のホームから出てくるのが見える。「俺もこいつらの仲間入りか~」
バイト風情が調子に乗るなである。でっでも、こっちはコロナのおかげで二週間誰とも会えなかったんだからね!!ちょっとぐらい調子乗ってもいいじゃない!!
「こんばんわ」
横から聞き馴染みのある透き通った女性の声が聞こえる。この人は森山さんという方で、俺の隣に住んでいる人、いわゆる隣人さんだ。このアパートに入居した初日に初めて会話を交わした人物。それから幾度か交流する機会が増え、仲良くさせてもらっている。俺はもともと超が付くほど田舎育ちなので、隣人という概念がほぼない。これは大げさではない。お隣さんの家が一キロ先にあるのが現実だ。信じられんだろ?
「体調どうですか?熱は下がりましたか?」
「ええ、でも熱はあまり出なかったです」
「そうですか、よかったです。あんなにいつも活発なら、体調管理はしっかりしていると思っていたのに」
偏見である。しかもこういう奴ほど生活習慣がだらしないのである。
「ちょっと気を抜いてしまいました」
森山さんはご近所付き合いが得意な方なんだなと俺は勝手に思っている。隣人という間柄でしかないのにこんなに親しくしてくれるなんて、普通では考えられない。何か目的があるのだろうか、だとしたらなんだ?俺を利用しようとしている?それとも俺の美貌に思わず惹かれてしまっているから? うん、この線が一番近いと思う。そうだそうに違いない。
勘違い野郎にもほどがある。異性からモテない要因の一つだ。こういう風に自分を俯瞰して見るのが最近のマイブームだ。 サマータイムレンダの影響である。
「休みの間何してたんですか?」
「自分の趣味に没頭してましたw」
「そうなんですね。、、あの、ちょっと相談したいことがあるんですけど、、」
ん?なんだろう?俺のような分際に。オノレ貴様ッッ!!何を企んでいるのだッ!!!!
「は、はい、。ぼくでよければぜひ。」
「ありがとうございます」
その相談の内容はというと、要約すれば“誰かにずっと監視されている気がする”ということだった。
もはやこれはストーカーの代名詞になりつつあるフレーズだが、実際に聞くのは初めてだった。彼女がそう感じ始めたのは先月のことだった。
「外に出たら毎回と言っていいほど視線を感じるんです。でも振り返ってもだれもいないし、私怖くて、、
でも、そういえばこの前犯人をちょっとだけ見えた気がするんです」
「どんな姿でしたか?何か特徴とかってありましたか?」
「暗くてあまりよくわからなかったんですけど、なんか、、スーツを着ていた気がします。二人いたような、、?結構離れていたんですけど、、もう怖くて私はその場から走って逃げてしまいました」
「暗かったのによくみえましたね」
「少し街灯がついていたので」
今の話を聞く限り、犯人は複数人の可能性が非常に高い。何かの組織か?でもなんでわざわざ森山さんにをターゲットに?森山さんと何かしらの関係があるのか?しかし、こんな宝石のような可愛らしく、思わず食べてしまいそうな女性を脅かす存在がいるなんて許せない。これはただごとではなさそうだ。
「わかりました。では、犯人の正体を見破ってやりましょう。」
「え?でもどうやって、」
「答えは簡単です。“森山さんから誘う”のです。」
「どういうことですか?」
「作戦はこうです。まず森山さんから犯人に接触する、あたかも初めて出会ったように。その後、“今私の家でパーティーやってるんですけど良かったらきませんか?”とべろべろに酔っている風に誘い犯人を家に招き入れる、そこで犯人は森山さんと二人っきりになったその瞬間あなたに襲い掛かる可能性があるので、その前に俺が警察を呼んでおく、そうしたら犯人は袋の鼠です。ですがもしものために俺は森山さんの家に隠れときます。警察が間に合わなかったときのために」
我ながらいい作戦だと思うわけないだろ。なんだこのなめ腐った作戦は。どんな思考回路をしているのだ。相手は複数人だぞ?そんな危険な作戦に賛成してくれるわけないだろ。頭パニくり過ぎて文脈がイかれてしまったようだ。
「わかりました!あなたがいると心強いです。」
「うそでしょ」
「ほんとです!その作戦!気に入りました!犯人に真っ向勝負で立ち向かうの、なんかかっこいい!!!」
あぁ、この子はなんでこんなにかわいいんだ。
翌日 PM 19:54
現在俺は森山さん家のクローゼットのなかに隠れている。彼女の香りでこの空間が埋め尽くされている。
ストーカー!君には感謝しかないよ!!だが、お前らはあと数時間後で牢屋の中だけどなッッ!
正直、今は心配の気持ちのほうが勝っている。彼女はうまく誘い込めているだろうか。にしても彼女は勇敢である。一人で悪に立ち向かうなんて、その姿勢に思わず尊敬してしまう。一応もう数分で彼女から電話がかかってくるはずだが、、手間取っているのか、中々彼女からの着信が来ない。
プルルルル プルルルル
ズボンのポケットからかすかな振動とそれに合わさり聞き馴染みのあるメロディーが聞こえてくる。俺はそれをすかさず手にし、画面とにらめっこする。彼女からの電話、、、、、、、じゃない?
俺のスマホには“知らない番号”が表示されていた。
誰だ?現在時刻は20時03分。この時間にかけてくるとしたら彼女しかありえないのに、もしかしたら電話ボックスから?そうしなければいけない状況なのか?でもなんでわざわざ?でも、なんかこの番号前に何度か見たことあるような?この数字の羅列を見て、真夏なのに少し悪寒を感じた。嫌な予感がする。やはりもっと作戦を練るべきだった。馬鹿な俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら恐る恐る電話に出てみる。
「もしもし?」
「もしもし、米華警察署です。」
一気に鼓動が早くなるのを感じた。どうして???こんな時に警察が?彼女に何かあったのか、だとしても俺のスマホにかけてくるはおかしい。普通なら親などに電話をするはずだ。なぜわざわざ俺に?というか何で俺の番号を知っている?そこがまずおかしい。
「あの、なにかご用でしょうか?」
「はい、単刀直入にお聞きしますが、、森山さんの彼氏さんでお間違いないでしょうか?」
(。´・ω・)ん? いつから俺は青春を謳歌するようになったのだ?
いや、それどころではない。なぜ彼女が警察にお世話になっているのだ。
「あ、はい。うちの彼女が何かしましたか?」(嘘をついた理由は話に合わせるためである。やましい気持ちはないぞ。)
数秒後、次の警察官の返答で、俺はしばらく放心状態に陥ることになる。
「彼女を幼児誘拐殺人未遂容疑で逮捕することになりました。」
翌朝 AM 7:34
「半年前から世間を騒がせていた、米華町での幼児誘拐連続殺人事件に昨夜ようやく終止符が打たれました。この事件の犯人は同じく米華町に住む女性、森山渚容疑者です。森山容疑者は、
『あともう少しだったのに』『愛の表現の仕方は人それぞれ、』『自分だけのものにしたかったから』
などと意味不明な供述をしており、容疑を一部認めているとのことです。」
朝、警察署から自宅に帰ってきてテレビをつけると、案の定、彼女が起こした事件のニュースが入っていた。俺はあの後警察署に呼び出され事情聴取を受けた。念のためらしい。そりゃそうだ。あの夜、俺がクローゼットの中で潜んでいた時に外ではなにが起こっていたのかというと、森山さんは、作戦通りストーカーに近づいて家に誘い込もうとしたらしいが、彼らにしゃべりかけた瞬間にどうやら先手を打たれたらしい。
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昨夜 PM 19:59
男二人が数メートル後ろに潜んでいる気配を感じる。話かけるなら今しかない!私の未来のため、今後の趣味を満喫するために!そっと立ち止まり勢いよく後ろを振り向くと、目の前には男二人組が立っていた。足がすくみそうになったが踏ん張る。そして声を出そうとした瞬間、
「森山渚さんで間違いないですね?」
「え、あ、はい・・・」
「あなたを幼児誘拐殺人未遂で逮捕します。所までご同行願いますか」
「え、なんで、」
頭が真っ白になった。声を出すのも精一杯だった。そして、私の素晴らしき未来は終わりを告げた。
「もうこんなふざけた真似は終わりだ」
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なんと、彼らはこの“幼児連続誘拐殺人事件”担当の刑事だったらしい。彼女が“誰かにずっと監視されている気がする”と言っていたのも彼らが四六時中彼女をマークしていたからだ。彼女は警察署に行ってその後、刑事が「誰か親しい人はいないのか?」と聞いたらしく、彼女が「彼が一番親しい人です」と言ってたそうな、その人物が、俺だったわけだ。森山さんは、いわゆる、歪んだ愛をお持ちの方だったようで、幼児を誘拐しては、たくさんかわいあった挙句、その子を殺し、その死体を専用の部屋に作品として飾っていたようなのです。実は作戦を決行した日にも彼女は幼児を誘拐していたようだ。その様子が逮捕への決定打となった。ちなみに、幼児はまだ手を付けられてなかったらしく、幸い、彼女の部屋は一階にあり、その幼児は自力で窓から脱出し、周りに助けを求めたそうだ。どうやら今までの証拠はほとんど説得力に欠けるもので、その中にもデマなどが混ざりこんでいて捜査が難航していたらしい。
にしても、一番信じていた相手が突然目の前から消えたなんて、俺は涙が止まらなかった。彼女は俺の今の生きがいでもあったのに。なんで、という単語が自身の心の中で連呼される。あぁ、彼女は自分と一心同体になるはずだったのに、もう少しだったのに。絶望のさながら、ふとテレビに目をやると彼女の顔写真が大きく映し出されていた。漆黒の綺麗な瞳、ツヤツヤとしていて毛先がふわっとしているショートカットの髪、太く肉付きのいい紅色の唇。少し丸くてシュッとしているすっきりとしたフェイスライン。俺は思わず駆け寄り、画面を舐めまわした。彼女といっしょになるために、激しく貪った。あぁ、あぁあぁ、森山さん。どこにもいかないで。ずっとそばにいて。俺だけの森山さん。でももうあえないんだ。ざんねんだなぁ。じぶんは女の人といっしょになるのが趣味で、だからいままで多くの女性のと一緒になってきたけど、ぜんぶちがった。でもあなたと出会ったとき思ったんだ。そっか、自分はあなたといっしょになる運命だったんだ。いや、ならなければいけないんだ、って。でもおれ、ぜったいあきらめないから。かならず、きみといっしょになるにふさわしいにんげんになってくるからたのしいみにしててね。
「―――続いて次のニュースです。先月四日、鳥鹿町の廃墟ビルで女性の遺体が発見されました。
遺体は激しく損傷しており、警察は女性連続無差別殺人事件の関連も視野に入れて捜査しているようです。」
あぁ、食べたかったな。