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レディ・アイス

本日は生憎(あいにく)の雨ということでキーファーは王宮の温室に案内された。


「キーファー・ラムゼイがアリシア王女殿下にご挨拶申し上げます。

本日はお招き頂きまして光栄の至りです。」


「キーファー様、足元のお悪い中、お越しいただきありがとうございます。

さあ、お掛けになって。」


一頻り(ひとしきり)お茶会の作法が済んで。


「さて、今日はどのような武勇伝を聞かせていただけるのかしら?」


「そうですね…ああ、あそこにカタツムリがいますね。

アリシア様はカタツムリの性別をご存知でしょうか?

雌雄同体(しゆうどうたい)と申しますが、つまり性別というのは無い生き物なのです。

同性しかおりませんので同性同士で生殖を行うわけです。

しかし人間はそういう風には出来ていない…

そんなことを考えさせられたのがレディ・アイスに(まつ)わるお話です。」


♡♡♡♡♡


社交界とは距離を置かれていたレディ・アイスには共通の友人を介して知己(ちき)を得ました。

本邸があるにもかかわらず気鬱(きうつ)ということで

同じ王都にある小ぢんまりとした別邸に暮らしておられました。

見すぼらしいというわけではありませんが伯爵家の夫人が過ごされるにしては、というお屋敷でした。

門からエントランスまでは目と鼻の先で車回しもないところで、

あれでは内輪のパーティーすら開けないだろうと思います。


レディ・アイスはまだ20代半ばの氷のような美貌を持つ物静かな、というよりも

ほとんどお言葉をお話しにならない(はかな)げな淑女です。


お会いしても私が一方的に話すだけで表情も変わらないのですが、

先触れを出してお伺いを立てると必ず会っていただけたので

嫌われていないことだけは分かりました。

折りを見て面会を続けるうちに

ポツリポツリと話してくれるようになりまして仲を深めたのです。


ある日、簡素な応接室でいつものように話をしていると彼女は急に立ち上がって

私を一瞥してから歩きだしました。

着いてこいということだと理解しまして後を追いました。

上階へ行き、彼女はおもむろに屋根裏への階段を下ろして登ります。

何が待ち受けているのか見当もつきませんでしたが

私も黙したまま登りました。

屋根裏部屋はアトリエになっていました。

小さな窓は南に面していて十分な陽光が入ります。

中央の架台にキャンバスが置かれ、仕上がったばかりの作品が飾られていました。

それは人物像でモデルは裸体の私。


「ああアイス、なんと素晴らしい!

貴方の描く私は私以上に生き生きとしている!」


その時、初めて笑顔を見せてくれた彼女に心を撃ち抜かれました。

そのまま熱い抱擁を交わしたのです。


「貴女はこんなにも美しいのに、

まるで自分になんの価値もないように振る舞うのは何故なのですか?」


打ち解けた彼女が話してくれた気鬱の原因ですが、なかなかに酷いものでした。

夫である伯爵様は結婚当初から男色家だったそうです。

初夜から彼女は上半身を上掛けに隠されて…

それが妊娠するまで続いたというから残酷です。

無事に嫡男を得ると彼女は別邸に移されて、

本邸には伯爵様の愛人の男爵家三男が女主人気取りで采配(さいはい)を振るっているということでした。


♡♡♡♡♡


「まあ、本当に酷い話ですね。」


「ええ、その話を聞いた後、よく自死を選ばなかったとタップリとお慰めしたのです。」


「え、ええそうでした。そういうご関係でしたね…

その後はどうなさったのですか?」


「さすがに放ってはおけませんので侯爵家の領地からやり手の文官を呼び寄せて

彼女の相談役に付けました。

婚姻時の契約書に妻の権利が書かれているとのことで、

それを示して伯爵家の女主人の座の返還を求めたそうです。

好き勝手していた男爵家三男の越権行為は訴えれば犯罪として裁かれますので

愛人を見捨てられなかった伯爵様とともに大人しく別邸に移り住んだとのことでした。

(くだん)の文官は侯爵家を辞してそのままレディ・アイスの補佐として伯爵家に残りました。

まあ、愛人の役も彼が引き継いだので、もう彼女のことは心配しなくていいのです。」


「よかった、と言っていいのか分かりませんがとりあえず安心しました。

キーファー様にはその、心残りとかはございませんか?」


「前回にも申し上げましたが恋愛遊戯なのです。

人妻を心から愛すことはありません。

愛を(ささや)いたこともないのです。

侯爵家を継ぐものとしてこの一線は大事です。」


「しかしキーファー様はお相手を常に心にかけていらっしゃる。」


「女性には優しくしなさいと、昔、私に教えてくれた人がいたのですよ。

この話は武勇伝とは違うのでここまでにしておきましょう。」


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