お茶会の末に
その頃のメリッサは自分を卑下する言葉をよく口にしていました。
私にはそれが不満で都度訂正させていました。
しかし、それは彼女の考えというよりも世間の見方をそのまま口にしていたに過ぎなかったのです。
なんと愚かな子どもだったのだろう!
のぼせ上がった私は成人となるデビュタントの日の夜を一緒に過ごす約束を取りつけました。
彼女は私の幼い目論みを見抜いていたのですが反対もせずに微笑んで頷いてくれたのです。
もちろん私は成人となったその日にプロポーズをするつもりでした。
無事デビュタントのパーティーを終えて喜び勇んで男爵邸に駆けつけると
既にメリッサは去っていました。
使用人にも多額の退職金を全員に支払い済みで邸はほぼ無人の状態でした。
執事がひとり残っていて、彼の最後の仕事として私にメリッサから託された手紙を渡したのでした。
それには悪名高い男爵未亡人では侯爵夫人は務まらないのでプロポーズは受けられないこと、
これだけの悪評を持つ身ではラムゼイ侯爵家の名前に傷がつくので
愛人として囲われるのも心苦しいこと、
執拗な義兄からの攻撃に心身ともに疲弊してしまったことなどから、
心の平安を求めて修道女になる決意を固めたことが綴られていました。
そして手紙の最後にはいつものあの言葉が添えられていたのです。
「キーファー様、女性には優しくしてくださいね。」
♡♡♡♡♡
「キーファー様は贖罪のためにレディ・キラーとなった、と?」
「そんな都合のいいことではありませんよ。
行き場のない愛にいまだに心が落ち着かないというのが本当のところでしょう。
アリシア様に指摘された「怒り」は愚かだった自分に向けられたものです。
こんなどうしようもない男ですが、よろしいのでしょうか?」
「ええ、私は生まれてこの方ほぼこの王宮で過ごしてきました。
外の世界、本物の世界を感じたくて仕方なかった。
キーファー様は私に本物の世界を感じさせてくれた唯一の人です。
これが恋なのかどうかは定かではありませんが、貴方は私にとって特別な人です。
どうぞこの籠の中の鳥を外の世界に放っていただけませんか?」
キーファーは姫君の前に跪いた。
「アリシア王女殿下、どうか私、キーファー・ラムゼイの元に降嫁いただき、
ともに人生を歩む栄誉を与えてください。」
「ラムゼイ卿、貴方に私を娶る栄誉を授けましょう。」
お付きの侍女と近衛 (女性)が王女殿下とキーファーに祝いの言葉を述べて忙しく動きはじめた。
正式な報告などはこれからというところだが、
これでキーファーとアリシアは実質的には婚約者同士となったのだ。
今しばらくは最後のお茶会を愉しもうと落ち着いた。
「そういえばメリッサ様の義兄様のその後を聞いておりませんでしたね。」
「前伯爵様がメリッサを売ってようやく家門を立て直して借財もなく義兄に継がせたわけですが、
その義兄は愚かにも
男爵様が亡くなって義妹が莫大な遺産を相続したと知った途端に散財し始めたらしいです。
他人の遺産をあてにしていたのは明白で、どうしても義妹を手に入れなければならなかったようです。
メリッサは外堀が埋められる前にサッサと修道院に入りましたが、
同時に遺産もすべて寄進していました。
実家だった伯爵家はあっという間に傾いてどうしようもなくなり爵位を返上させられました。」
「キーファー様に関わりのあった女性はなんというかお強いのですね。
お話しを聞くだけでも人間として惹かれるものがあります。」
「ええ、素晴らしい人たちです。尊敬しています。
しかし、アリシア様は可愛いらしい方だ。
彼女たちとは違う、べつの魅力があります。
愛することを忘れていた私に自覚をもたらしてくださいました。」
「キーファー様、私にも優しくしてくださいね。」
アリシアが悪戯っぽく拗ねたように言うと、顔を見合わせてふたり同時に吹き出したのだった。