メリッサ・シモンズ②
メリッサは当時25歳、社交界では淫乱な未亡人と噂され、
悪女の代名詞とされるような存在だったようです。
まだ未成年の15歳の私にはピンとこない話でしたが。
元々は貧乏伯爵家の長女の生まれで大富豪の男爵に後妻として嫁いだという
典型的な政略結婚の駒として扱われた人です。
知己を得てから詳しいことを聞きましたが
夫婦生活は外野が想像するようなものではなかったそうです。
シモンズ男爵は既に老齢で妻というよりは娘のように慈しんでくれたとか。
前妻は新婚の頃に亡くなっていて子どもも無く孤児出身の叩き上げで大商会を立ち上げ、
平民から叙爵された方で独りで死んでいく虚しさに耐えられず
誰かに看取ってもらいたいと後妻を求められたということでした。
未亡人は緩やかなウェーブのかかった美しい長い黒髪に切れ長の眼に榛色の瞳が収まり、
形のよい唇の脇のホクロが特徴的な大人の魅力満点の女性で
その肉感的な肢体も相まって普段の控えめな様子を知らなければ
「淫乱な未亡人」という二つ名を信じてしまうのも仕方ないと思わせる美女です。
そうです。お察しの通りメリッサは私の恋人でした。
彼女は未亡人とはいえまだ若く、
しかも莫大な遺産を継いだ不安から早期の再婚を望んでいましたが、
根も葉もない悪評のせいで通常の社交すらままならない状況に陥っていたのです。
一か八かの出会いを求めて参加したのが件の仮面舞踏会で、
確かに私と出会いはしましたが侯爵家の子息とはいえ未成年でしかも10も下のお子様です。
彼女は実家とのトラブルを抱えていたのです。
伯爵家の出身とはいえ後妻の連れ子だったメリッサは
結婚前から邪な想いを隠そうともしていなかった義兄に
実家に戻るように執拗に迫られていたのです。
家を継いで伯爵となった義兄の狙いは
莫大な遺産と豊満な義妹の肉体なのは明白でしたので
当然頷くことはありませんでしたが
焦れた相手が苦し紛れに流した悪評が想像以上のダメージを与えていたというわけです。
未熟だった私はどこか恋人の窮地も他人事に感じていて、
いざとなれば侯爵家の権力でなんとでも出来るなんて甘々な考えで
バカのように恋人との睦み合いに熱中していたのです。
初めての夜、彼女はわざと噂の悪女のように蠱惑的に振る舞い、歳下の私を導いてくれました。
しかし彼女は未亡人にもかかわらず乙女でした。
朝になってそのことに気づいた私が口を開く前に言われました。
「キーファー様、謝らないでください。
貴方に愛された幸せな私の気持ちが傷つきます。
それに未亡人の私には既に何の価値もないものですからね。」
その頃の私は本当に幸せで舞い上がっていました。
事あるごとに微笑む彼女に言われました。
「キーファー様、女性には優しくしてくださいね。」
「もちろんだよ、メリッサ。」
その頃の私はその言葉の意味をまるで分かっていなかった。
高く高く舞い上がりすぎて足元が見えなくなっていたのです。
私は外野からは「淫乱な未亡人に絡めとられた侯爵家嫡男」と見られていましたが、
まるで気にしなかった。
言いたい輩には言わせておけなんて…
その言葉は私ではなくメリッサを傷つけるものであったのに。