リディのお仕事(レオンハルト視点)
明日、第二章最終話です
リカイネン男爵家の大捕物から半月後。
すっかり夏の日差しとなった中、平民街にある小さな家に大きな木箱が幾つも運ばれてきた。
「ラグナ―様、これはどちらに?」
荷夫が聞けば、リディは中身を聞き入口右手の部屋に入れるよう頼んだ。それをレオンハルトは離れた所でやや手持ち無沙汰に眺めている。
(あの荷夫、馴れ馴れしいな)
切れ長の目を鋭くさせると、荷夫は慌てたように立ち去って行く。
「レオンハルト様、ここは私一人で大丈夫ですから王宮に戻られてはいかがですか? ダグラス様、今頃大変ですよ?」
黒髪を三つ編みにして耳の下で丸くまとめ、侍女のように白いエプロンをつけたリディが呆れた顔で言う。しかし、レオンハルトは意に介さないといった感じ。
「問題ない。臨時でハンナを雇っているからどうにかするだろう」
「ワグナー商会の仕事のため翻訳の仕事を一日休みたい」とリディに言われたレオンハルトは、自分も休むと即断した。
しかし、それでは仕事が溜まるのは必須。
少しでも戦力になればと異国語ができるハンナを臨時で雇ったところ、ローンバッド語は完璧でなかなか使えると分かり、ダグラスに丸投げしてしてここにいる。
「それにしても随分たくさん頼んだんだな」
「どうせならストール以外も扱ってみようかと思いまして」
画家を雇ってストールに特殊な染料で絵を描く。その作業場としてエステルの家が借りられた。
部屋数があるので、ストールだけでなく他の品にも絵を描かせるらしい。
「それで、どうして皿なんだ」
運ばれてきた木箱の中身を覗きながらレオンハルトは首を傾げる。絵皿は特に珍しいものではない。特殊な染料はアルコールで色落ちするので、こちらにはその染料は使わないらしい。それなら尚更、取り扱う意味が分からない。
「それはですね……」
リディの説明を遮るようにまたドアベルが鳴る。レオンハルトはその音に顔を顰めた。
使用人のいない庶民の家にはもれなくドアベルが付いているようだが、聞きなれていないせいか、どうにも急かされているようで落ち着かない。それにリディとの会話を邪魔されたことが腹立たしい。
「それはこっちの部屋にお願いします」
次は何がきたのかと向かいの部屋に行けば、これまた大量の木箱が部屋に運ばれてきた。先程の木箱より大きいものもある。
「送り主は王宮からか。ではあの絵画か」
「はい」
リディは木箱を開けると中から絵を取り出す。「白い日傘の貴婦人」「ブランコ」「水辺」、よく知られている有名画が次々と並べられていく。しかし、どの絵にも右下と裏のキャンバス地に『imitation』の印が押されている。
有名画を手本に練習する画家は一定数いる。運び込まれたのは、公に売買されている有名画のイミテーション。これが大量にリカイネン男爵の屋敷から見つかった。
本物の有名画を手に入れるのは難しい。それに対し、絵画教室の運営者であるリカイネンなら、疑われることなく大量のイミテーションを手に入れることができる。これをもとに贋作が作られていた。
贋作は衛兵により没収されたが、有名画のイミテーションは取り調べが終わった時点で不要となった。その不要となったイミテーションをリディが欲しがったのだ。
自分で衛兵に交渉しに行くと言ったのを制し、レオンハルト自ら衛兵長に頼みにいった。理由は、その方が話が早い、だけではない。リディが他部署に行くのを相変わらず避けているからだ。
「まさか、贋作を作らせるわけではないだろな」
冗談めかしてレオンハルトが問うと、リディは悪戯っぽい笑みを浮かべ、ふふっと笑う。
「案外それに近いかもしれません」
「おいおい!」
「大丈夫です。描くのはキャンバスじゃありませんから」
キャンバスに描いて本物と偽って売るのは犯罪だ。しかし、ストールや皿に描いて売っても犯罪にはならない。
「ほう。では、名画が描かれたストールと皿か」
「いえ、とりあえずはお皿の方だけにしようかと思っています。ストールは花とか蝶を生地の下半分に品よく入れた物を中心に売っていくつもりです」
この国の夏は、一日の気温差が激しい。日中はちょっと動いただけで汗ばむほどなのに、夜になると急に肌寒くなる。絹の薄いストールは、貴婦人の必須アイテムだ。
「夜会や夜の演劇を見に行く時に身に着けることが多いと思うので、そのような場に相応しい品質と絵柄にします。絵画は少し個性的になると思うので、おいおい、受注の形で受けようかと」
「なるほど。しかし、有名画を模写した絵皿は見たことがあるぞ」
そう多くはないが、目新しくはない。
「それについては、ちょっとした遊び心を加えようかと。お茶会の話題となれば良いと考えています」
「今は教えるつもりはなさそうだな」
不満そうな口調と裏腹に、その唇の端は上がっている。
楽しそうにしているリディを見ているだけで、頬が緩む。あとから教えてくれるのならその時を楽しみに待つだけだ。
再びドアベルがなると、今度は賑やかな声がした。
「お嬢、ストールを持ってきましたよ。それから門の所で出会ったのですが、彼らが件の画家ですか?」
大きな箱を二箱、らくらくと抱えたアンドレッダの後ろには四人の男がいた。年の頃は十代後半から三十代前半。
中には整った顔の男もいて、レオンハルトは、やはりきてよかったと、リディの肩に手を回す。念のためと、今日はいつも以上に香水をリディに振りかけておいた。
「確認だが、彼らは贋作作りには全く関係していないんだな」
「アロイの証言からも、絵のタッチからもそれは明らかです」
リカイネンの屋敷で、贋作の製作に関わったとして、アロイと二人の画家が捕まった。そのあと、アロイの証言でもう一人捕まっている。同情の余地はあるものの、全員が数年の刑に伏すことになるだろう。
エバーソンとイネスは余罪も含め、未だ取り調べ中だ。異国の犯罪にも関わっているので、死罪は免れない。
四人の画家は、揃ってリディの瞳に驚き、中には頬を染める者もいたが、背後に立つレオンハルトを見て頬を引き攣らせる。
「レオンハルト様、私、時々ここに来ますね」
「どうしてだ?」
「仕事を依頼したのは私なので進捗状況を確認しなくてはいけません。それに、時々エステル嬢がここに来るとなれば、多少心配もありますし」
男達の作業場に、エステルが出入りするのを心配しているのだろう。しかし、だ。
(リディが通っても虫除けにならぬし、余計に虫が騒ぎ出す)
そんなことはさせれない。餓えた狼の群れに羊を放り込むようなものだ。
「エステルを心配してのことならスコットを時々こさせよう。リディが来る必要がある時は、出勤の時に俺と一緒に立ち寄ればいい」
「遠回りになりますよ」
「かまわぬ」
それなら少し早く起きればよいだけ。考えようによってはリディと一緒にいる時間が長くなる。
半月後に王宮で開かれるお茶会に向けて今日から急ピッチで製作に取り掛かる。
どんな品ができるのかも楽しみだが、生き生きと男達に指図をするリディを見るのも面白い。
目を細めリディの姿を追いながら、レオンハルトは他の男を牽制することも、もちろん忘れてない。
ラスト一話で第二章が終わります。もう少しお付き合いくださいませ。
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