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贋作に隠されたもの.8


「ち、違うんです。レオンハルト様、これは、その……勢いというか、言葉のあやと言うかですね」


 慌ててレオンハルト様にかけより、背伸びしてこっそり耳元で言い訳をしようとすると、力強い腕が腰に回される。


「こいつを追い詰めるためにエルムドア侯爵夫人になるんだろう? 喜んでおれも協力しよう」

「〜〜!! いや、それは、そうですね。えーと」 


 どうしよう。

 エバーソン様は許せない。全てをアロイ達に押し付けるのを黙って見過ごせない。

 でも、でも、こんな流れでレオンハルト様の気持ちに答えるのはやっぱり違う、はず。


 頭を抱えあたふたしている私の頭に、大きな手がポンと置かれた。


「分かっている。それに、俺が望んでいるのはそういうことではない」


 恐る恐る見上げた先には、呆れ顔で私を見下ろすレオンハルト様。

 

「ちょっとは俺を信じろ。それに、さっき言っただろう。異国と連携を取って捜査をしていると」


 ええ、仰っておりました。

 でも、それは媚薬の話ですよね。


「ここに来る少し前に、媚薬を売っていた異国の商人を捕まえたと隣国から連絡がきた。そして、その男はランカー画商の身分証明書を持っていたらしい。もちろん偽造された身分証だ」


 ランカー画商……

 なんか、聞いたことある。

 あ、あれだ! エイダの派遣先に贋作を売った異国の画商。


 うん? じや、媚薬と贋作を売っていたのが同一人物ってこと? 

 媚薬を作っていたのはエステル嬢でそれを流通させたのがイネスなのだから贋作と流通先が同じでも不自然ではない。そうか、だから媚薬は、絵を買えるぐらいお金に余裕がある高位貴族やお金持ちを中心に出回っていたんだ。


「この意味が分かるよな。媚薬と贋作を売った人間が捕まった。各国の仲介役をしていた俺が出張れば、そいつをすぐこの国に引き渡してもらうなど簡単なこと。それらの出元が誰か、取り調べは衛兵がするだろうが、通訳として立ち会うことも可能だ」


 衛兵の立場がないってぐらい、レオンハルト様が偽画商を締め上げている姿が想像できる。

 いや、恐ろしすぎて想像したくない。


 イネスはフラフラとソファーに倒れ込むように座った。呆然として力が抜けた手から落ちた煙管を私は拾い上げる。この人にはまだまだ言いたいことがあるけれど、今の彼女に何をいっても響かないだろうと煙管を灰皿において傍を離れた。


 そんな私の肩に太い腕がのしかかる。


「レオンハルト様、重いです。苦しいです」

「別に異国の画商が捕まってもエルムドア侯爵夫人になってもいいんだぞ」


 耳元に聞こえてくるのは、悪魔の声。顔は見えないけれど、きっと意地悪な顔をしている。


「いえ、それは、……やっぱりゆっくり考えてですね……」

「さっき、なると言った」

「一度、落ち着きましょうか」

「俺は落ち着いているし婚姻届はいつも持ち歩いている」

「な、なんでそんなもの持ち歩いているんですか!!」


 隙あらば取り出してきそうで怖いんですけれど。


 

 一階から騒がしい音が聞こえてくる。どうやら衛兵達が到着したみたい。私だけじゃなく、レオンハルト様の肩からも力が抜けるのが分かった。後は彼らに任せればいい。


 あれ、そういえば。

 私はのしかかる腕を押しのけ、部屋の中を見渡す。


「レオンハルト様、エステル嬢はどこにいるのですか?」

「はっ? そのソファーに……」


 いない。

 私とレオンハルト様は顔を見合わせる。


「リディ、遅くなってごめん! 護衛を連れてきたわ」


 額に汗を滲ませたハンナが駆け寄ってくる。手には私が階段の下で脱ぎ散らかした靴。


「何があったの?」

「あとで話す。それよりエステル嬢見なかった?」


 差し出された靴を受け取り、履きながら聞く。


「ここに来るまでの間にはいなかったけれど、彼女どうかしたの?」

「あの薔薇が媚薬の原料で、自分が何を作らされていたかを知ってしまったの」

「うわ! それはショックね。それで、姿を消したってわけね。それじゃ、自分の部屋に籠っているのかも。彼女の部屋はどこにあるの?」


 さすがハンナ、話が早い。

 私が何も言わなくてもアロイから場所を聞き、そこに向かってくれた。それと入れ違うように今度はエイダが部屋に入ってくる。


「全員、衛兵に預けたわ」

「ありがとう。一階にエステル嬢はいた?」

「あの部屋と廊下には居なかったけれど」


 多分、自分の部屋にいるよね。

 そう思うけれど、妙な胸騒ぎがする。

 レオンハルト様に相談しようと思うも、衛兵達に何か指示をして忙しそう。


 暫くレオンハルト様と衛兵の話が終わるのを待っていると、それより先にハンナが真っ赤な髪を振り乱しながら戻ってきた。


「リディ、部屋にはいなかったわ」


 どうして嫌な予感ほど当たるのだろう。

 でも、自室にいないだけで、他の部屋にいるかも知れない。衛兵に頼んでもいいけれど、いきなり見ず知らずの男が出張ってきても、怖い思いをさせるだけかも。

 

「とりあえず私達だけで探そう」

「分かった。じゃ、私は引き継ぎ屋敷内を探すわ」

「それじゃ、私は庭を探そうかしら」


 ハンナは屋敷、エイダは庭を探すと言ってくれた。それなら、


「私は、エステル嬢の家に行ってみる。ここからそう遠くないし」


 歩いて十五分、大した距離じゃない。事情を説明して馬車を出して貰うより走った方が早いでしょう。

 でも、ヒールじゃ走りにくいな。

 いっそのこと折っちゃうか。

 

 さっき履いたばかりの靴を脱いで、ヒールを握り折ろうとするも

 ……あれ、折れない。思ったより硬いよ、これ。


「「貸しなさい」」


 二本の腕が伸びてくる。


 エイダは靴を持つと、ポキッと簡単にヒールをへし折った。凄い!!

 ハンナは靴を床に叩きつけるようにして折ってくれた。そうすれば良かったのね。


「「はい、無理はしないでね」」

「うん、居なかったらすぐに帰ってくるから」


 私達は衛兵達を掻き分け、部屋を抜け出した。


 庭先でエイダと別れ、門を潜る。貴族街だけあって馬車がすれ違えるぐらい道幅は広く見通しがいい。

 そこをスカートの裾をたくし上げ、折れたヒールで走っていたら、そりゃ、皆振り返るわよね。

 紳士的な男性が心配そうに私に声を掛けてきたから、大丈夫と言って振り切ったけれど、彼の目には大丈夫には見えてないと思う。


 体力には自信がある。これでも踊り子だ。長時間舞台で踊ることもあるんだから。


 勢いを落とすことなく、貴族街を抜け平民街に入る。道幅は馬車一台分。でも、裕福な人が住むエリアらしく道は舗装されている。走ってきた馬車をギリギリで交わしエステル嬢の家の門を潜ったところで、さすがに息が切れ立ち止まった。

残り話数も僅かとなってきました。次回土曜日投稿した後は毎日投稿になる予定です。……きっと。頑張ろう。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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